高次脳機能障害に関する判決(判例時報2118号70頁) [くらしと安全(交通事故その他)]
交通事故などの外傷で、頭部を強打した場合に、高次脳機能障害という後遺症が残ることがあります。
一見、どういう後遺症があるのか分かりにくいのですが、記憶力や集中力や、物事を要領よくやる力や、人間関係を円滑に保つ力などが、事故前と比べて格段に落ちてしまい、生活の色んな場面で苦労するという、大変な問題です。
この後遺症については、以前、高次脳機能障害のドキュメンタリー番組(私がちょこっと出ました)に関連して書いた日記 http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2007-05-09 も参考にしていただければと思います。
私が担当した事件で、新しく判例雑誌に掲載されたものがあるので紹介します。
判例
神戸地裁尼崎支部平成21年(ワ)1128号 平成23年5月13日判決
事案の内容
Xは、Y1の運転する軽貨物車の助手席に同乗中、Y2の運転する普通乗用自動車と衝突し、頭部外傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負った。
Xは、A病院等に入通院して治療を受けたが、①障害等級5級2号該当の高次脳機能障害、及び、②12級13号該当の醜状障害(外見の障害)を残し、併合4級の認定を受けた。
Xは、事故当時は無職であったが就職に向けて資格試験を受験する等していたが、事故後は、後遺症の影響から、集中力や記憶力の低下や、情緒不安定、計画的行動遂行能力の低下等のため、また、意欲全般の低下のため、就職活動等が一切できなくなった。
判決の概要
後遺症による労働能力喪失率につき85%とする。
村上による解説
本件のポイントは、後遺症によって、Xさんがどれくらい労働能力を失ったと認められるか(「労働能力喪失率」は何%か)という点です。
上に書いた、後遺症の等級というのは、「自賠責保険」の基準であり、重い方から1~14級まであります。
Xさんの場合、2つの後遺症があって、「併合4級」ということです。4級の場合、一般的には「労働能力喪失率」は92%とされます。
ただし、Xさんの後遺症の一つは、12級の醜状障害(外見の障害)であり、Xさんは男子であることもあり(このあたり、男女で区別するのはどうか、という異論もありますが)、一般的には、外見に障害があったからと言って(アイドルとかホストであるとか特殊な事情がない限り)労働能力には直接影響しないとされることが多いです。
そうすると、このXさんの場合、もし、労働能力に直接影響するのが5級の高次脳機能障害の部分だけだと考えると、5級の「労働能力喪失率」は一般的に79%とされています。
しかし、それでは、事故後、全く就職活動や就職に向けての勉強等さえ出来なくなってしまった状態のXさんが、100-79=21(%)の労働能力を有している(つまり、それは、21%分は働いて稼ぎを得ることが出来るという意味です。その部分は、賠償を受けられないことになる。)とされることになるが、それでよいのか?
そこで、本件では、裁判官は、自賠責保険では、○級なら○○パーセント、という基準があるが、その基準によるだけではなく、実際のXさんの状態を判断して「85%」と認定したというわけです。
これでも、実際働く見込みが立たない人に、「あなたは15%は働ける」ということにして、損害賠償額を減らしてよいのか、という点は残るのですが、いわゆる「モノサシ通り」の79%というよりは、Xさんが実際に苦労している状況を想像して汲み取って下さった判決である、と思います。
この「高次脳機能障害」というのは、目に見えにくい後遺症であることは間違いなく、本人さんが苦労されている状況というのは、まさに、日常生活の一つ一つに現われてきます。
ですので、裁判での証明というのも、「日常生活の一つ一つ」そのものを裁判官にわかってもらえるように、色々工夫してやらなければなりません(家族の協力も相当お願いしました)。
この後遺症の方の置かれている状況について、私が、大変参考になると思っている資料は、
東京都 高次脳機能障害者実態調査 (平成20年)
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2008/05/60i5f300.htm
です。
これによれば、高次脳機能障害を有する方が、就労の面で相当苦労されていることが分かります。
高次脳機能障害の度合いが比較的軽度な人でも、実際に就職し、その職場で仕事が続く状態にはなかなかならないことがデータで現われています。
「発症時に就労していた者は62.6%で、現在も就労している者は10.1%であった。また、現在就労していない者のうち、50.3%が就労を希望していた。 」
実際には、9割の人は、就労が出来ていないというのです。
これは、社会の体制という問題もあります。
本来、裁判でたくさん賠償してもらえるよりも、高次脳機能障害を有していてもその人のペースで働ける場があるほうがよいに違いないので、そういう社会に一歩ずつでも近づいてゆくことが望まれます。
裁判における活動の一つ一つは、あらゆる状況にある人に対して優しい社会へ近づくためのきっかけの一つを積み重ねているということだと思います。
それにしても、本当に「一歩一歩」です。ときに「半歩」くらいでも、「三歩進んで二歩下がる」ことがあっても、どれもプラスに捉え、それはそれでよしとして、前へ進むしかない、という思いを強くします。
一見、どういう後遺症があるのか分かりにくいのですが、記憶力や集中力や、物事を要領よくやる力や、人間関係を円滑に保つ力などが、事故前と比べて格段に落ちてしまい、生活の色んな場面で苦労するという、大変な問題です。
この後遺症については、以前、高次脳機能障害のドキュメンタリー番組(私がちょこっと出ました)に関連して書いた日記 http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2007-05-09 も参考にしていただければと思います。
私が担当した事件で、新しく判例雑誌に掲載されたものがあるので紹介します。
判例
神戸地裁尼崎支部平成21年(ワ)1128号 平成23年5月13日判決
事案の内容
Xは、Y1の運転する軽貨物車の助手席に同乗中、Y2の運転する普通乗用自動車と衝突し、頭部外傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負った。
Xは、A病院等に入通院して治療を受けたが、①障害等級5級2号該当の高次脳機能障害、及び、②12級13号該当の醜状障害(外見の障害)を残し、併合4級の認定を受けた。
Xは、事故当時は無職であったが就職に向けて資格試験を受験する等していたが、事故後は、後遺症の影響から、集中力や記憶力の低下や、情緒不安定、計画的行動遂行能力の低下等のため、また、意欲全般の低下のため、就職活動等が一切できなくなった。
判決の概要
後遺症による労働能力喪失率につき85%とする。
村上による解説
本件のポイントは、後遺症によって、Xさんがどれくらい労働能力を失ったと認められるか(「労働能力喪失率」は何%か)という点です。
上に書いた、後遺症の等級というのは、「自賠責保険」の基準であり、重い方から1~14級まであります。
Xさんの場合、2つの後遺症があって、「併合4級」ということです。4級の場合、一般的には「労働能力喪失率」は92%とされます。
ただし、Xさんの後遺症の一つは、12級の醜状障害(外見の障害)であり、Xさんは男子であることもあり(このあたり、男女で区別するのはどうか、という異論もありますが)、一般的には、外見に障害があったからと言って(アイドルとかホストであるとか特殊な事情がない限り)労働能力には直接影響しないとされることが多いです。
そうすると、このXさんの場合、もし、労働能力に直接影響するのが5級の高次脳機能障害の部分だけだと考えると、5級の「労働能力喪失率」は一般的に79%とされています。
しかし、それでは、事故後、全く就職活動や就職に向けての勉強等さえ出来なくなってしまった状態のXさんが、100-79=21(%)の労働能力を有している(つまり、それは、21%分は働いて稼ぎを得ることが出来るという意味です。その部分は、賠償を受けられないことになる。)とされることになるが、それでよいのか?
そこで、本件では、裁判官は、自賠責保険では、○級なら○○パーセント、という基準があるが、その基準によるだけではなく、実際のXさんの状態を判断して「85%」と認定したというわけです。
これでも、実際働く見込みが立たない人に、「あなたは15%は働ける」ということにして、損害賠償額を減らしてよいのか、という点は残るのですが、いわゆる「モノサシ通り」の79%というよりは、Xさんが実際に苦労している状況を想像して汲み取って下さった判決である、と思います。
この「高次脳機能障害」というのは、目に見えにくい後遺症であることは間違いなく、本人さんが苦労されている状況というのは、まさに、日常生活の一つ一つに現われてきます。
ですので、裁判での証明というのも、「日常生活の一つ一つ」そのものを裁判官にわかってもらえるように、色々工夫してやらなければなりません(家族の協力も相当お願いしました)。
この後遺症の方の置かれている状況について、私が、大変参考になると思っている資料は、
東京都 高次脳機能障害者実態調査 (平成20年)
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2008/05/60i5f300.htm
です。
これによれば、高次脳機能障害を有する方が、就労の面で相当苦労されていることが分かります。
高次脳機能障害の度合いが比較的軽度な人でも、実際に就職し、その職場で仕事が続く状態にはなかなかならないことがデータで現われています。
「発症時に就労していた者は62.6%で、現在も就労している者は10.1%であった。また、現在就労していない者のうち、50.3%が就労を希望していた。 」
実際には、9割の人は、就労が出来ていないというのです。
これは、社会の体制という問題もあります。
本来、裁判でたくさん賠償してもらえるよりも、高次脳機能障害を有していてもその人のペースで働ける場があるほうがよいに違いないので、そういう社会に一歩ずつでも近づいてゆくことが望まれます。
裁判における活動の一つ一つは、あらゆる状況にある人に対して優しい社会へ近づくためのきっかけの一つを積み重ねているということだと思います。
それにしても、本当に「一歩一歩」です。ときに「半歩」くらいでも、「三歩進んで二歩下がる」ことがあっても、どれもプラスに捉え、それはそれでよしとして、前へ進むしかない、という思いを強くします。
2011-09-13 10:29
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コメント(2)
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難しくて理解不十分ですが、一歩前進したようですね。
うちは「生きる」がテーマなので判決だけでなくその方が少しでも生きれる社会と思っています。
あたたかく迎え入れられる心の広さやゆとりもちたいです。
これがないといくらおかねもらっても気の毒に思えます。
by ayu15 (2011-09-14 14:07)
>ayuさん
ありがとうございます。
仰るとおりです。
いつ何時、自分にもそういう状況が来るか分からない、という考えを広めたいですね。
by hm (2011-09-15 13:09)