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ラジオ大阪(OBC)「村上英樹の法律相談所」8月よりスタート [法律案内]

 今年4月からラジオ大阪の番組にレギュラー出演していたのですが,このたび,自分の番組を持つことになりました。

 その名も
 「村上英樹の法律相談所」
 https://www.kobeseaside-lawoffice.com/radio-houritsusoudansho/

 このブログのタイトルと同様に,「そのまんま」の番組名です。

 第2,第4土曜日の午後5時30分~45分 と 素晴らしい時間帯です。

 15分番組で,老若男女色んな方に聴いて頂くことになるので,とにかく,柔らかく,易しく,優しく,どなたに聴いてもらっても分かりやすいお話にするように努めています。

 基本的に,皆さんに身近な法律問題を一つ取り上げて,私がアシスタントさんとともに解説する,という番組になっています。

 リアルタイムでなくても,

radiko(http://radiko.jp/)のタイムフリー

または

バックナンバーのページ
https://www.kobeseaside-lawoffice.com/radio-houritsusoudansho/

からお聴き頂けます。

 ラジオ番組の方も,どうぞよろしくお願いします!


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「任意後見」~自分で「後見人」を選ぶ制度 [法律案内]

 ここ最近,私は,

成年後見制度

に関わることが多くなっています。

 自分が,誰かの依頼を受けて成年後見を申し立てることもありますし,「成年後見人」として職務を行うこともあります。

 それと,

シルバー法律研究会

といって,弁護士,司法書士,社会福祉士といった専門家と,神戸市,神戸市社会福祉協議会,大学教授らが一緒に行う研究会活動もやっています(今は代表幹事をおおせつかっています)。

 さて,そんなわけで,

成年後見

というものには,(いやでも)なかなか詳しくなってしまっているわけですが,知れば知るほど,

成年後見は必要な制度だけれども,「法律」による後見がベストな制度ではない

ということが分かります。

  
 どういうことか?というと,


おじいちゃんが認知症になった
    ↓
預金が引き出せなくなって困った
    ↓
家庭裁判所に,成年後見を申し立てた
    ↓
家庭裁判所が,成年後見人を選任した


というのがよくある「成年後見」の流れです。
 
 「おじいちゃんが認知症になった」後の手段としてはこうするしかないのですが,大事な資産を安心して守っていくことを考えるともう少し早く手を打っておいたほうがいい,というのが今日の主題です。
 
 その「もう少し早く手を打っておく」手段が,「任意後見」というわけです。

 
 家庭裁判所が選任する「成年後見人」,これを「法定後見」と呼ぶことがあります。
 「法定後見」では,

 親族が成年後見人になる場合には,親族が財産管理をし,財産の目録や収支管理内容を文書で裁判所に定期的に報告するなどの負担があります。

 弁護士などの専門家が成年後見人になる場合には,「他人」が入ってくることになります。
 また,その成年後見人は裁判所が決めるので,自分が選んだ人に任せられるとは限りません。

 
 これはこれでも,ちゃんと成年後見人がつくことは大事なことで,そうであってはじめてきちんと財産管理ができるし,施設入所などの必要な契約もできるようになりますから意味はあります。

 
 ただし,まだ,対象者(「おじいちゃん」など)が認知症になる前ならば,より良い方法がとれます。

 認知症になる前ならば,自分が信頼する専門家(弁護士など)に,財産管理を任せることができます。
 それも,自分が認知症が進んで判断能力が低下した後の財産管理まで任せてしまえるのです。
 
 だいたい次のようなやり方が多いです。

 最初に,「財産管理委任契約」と「任意後見契約」との2つの契約を締結します。

【判断能力が低下する前】

 そうすると,まず,すぐに「財産管理委任契約」がスタートします。

 これは,認知症などで判断能力が低下する前でも,例えば身体が弱って,実際に銀行に行くことが難しいという状態のとき,

受任者(弁護士など)が自分に代わって財産管理をしてくれる

ということです。
 
 これは,「便利」というだけでなく,「安全」という意味もあります。

 というのは,私もよく経験しますが,高齢者のお金を狙う悪い人たちというのは世の中に結構いるものです。
 悪質商法もありますし,近所の人が「世話をする」といって出入りするうちに金銭トラブルになる,などなど。

 必ずしも「認知症」になっていないしっかりした人でも,高齢者になってから金銭トラブルに見舞われるケースは少なくありません。
 そのような場合でも,常に専門家のチェックが入るので,「安全」という意味があります。

【判断能力が低下したら】
 
 2つの契約のうち「任意後見契約」が発動します。
 これは,当事者(「おじいちゃん」)の認知症が進んだとき,医師の診断に基づいて,裁判所に申し立てることによってスタートさせることができます。

 「裁判所に申し立てる」なら,普通の成年後見(「法定後見」)と結局一緒かと思われるかも知れませんが,それは違います。

 「法定後見」と違って,「任意後見人」は自分(「おじいちゃん」自身)が選んだ人がなります。
 
 ここが良いところです。
 自分が,認知症になる前,判断能力があるうちに選んだ人に任せられる,というのが最大のメリットです。


 以上の通りで,判断能力があるうちから早めの「任意後見」契約をすることによって,自分の財産を他人に任せるとしても,自分の思い通りの相手に任せることができる,というわけです。

 早い時期から他人に財産管理をさせるということになれば,その分の費用は月々発生します。
 
 そうではあるけれども,その費用を払っても,

一定の資産があって,それを一生,信頼できる人に安全に管理して欲しい
(といっても,もちろん,使いたいときには自由に使えます)

資産を自分で管理するストレスから自由になりたい

ということが希望であれば,「任意後見」の活用を考えて頂くのが良いと思います。


 人生100年時代ですから,老後も長いです。
 だんだん自分1人でできることには限界がでてきます。

 しかし,財産はとても大切ですから,誰彼なしに任せることは出来ません。

 「法定後見」の仕事,「任意後見」の仕事,私は,どちらの場合でも,仕事を通じて,私が関わる方が一生その人らしく暮らせるよう力を注いでいます。
 この姿勢は,ずっと持ち続けたいと思っています(自分もいずれ支援を受けるようになるので,そんなとき私」に依頼したいと思える「私」でありたいと思います)。
 

 


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レギュラー出演~ラジオ大阪「桑原あずさのas life」(土・朝7時~) [法律案内]

 3年前から,インターネットラジオ「Radicro」で番組を持ってきましたが,今年からは,ラジオ大阪(http://www.obc1314.co.jp/)にも出演しています。

「桑原あずさのas life」(パーソナリティ桑原さんのwebページ)
 https://www.salonas.jp/other/radioosaka/

 ここに,第2,3,4土曜日のam7:00~約15分,簡単な法律案内のコーナーでレギュラー出演しています。

 ラジオ大阪ですから,従来の放送局でのラジオ出演です。
 
 ネットラジオは全世界,いつでもどこでも,というのが魅力ですが,対して,昔からあるラジオ局はなんと言ってもリスナーの多さが桁違いです。

 土曜の朝7時は早いので,私自身もリアルタイムで聴いていませんが,最近は

radiko(ラジコ) のタイムフリー機能で,ラジオ番組は聴きのがしても,いつでも聴いていただけます。

ラジコwebページ
http://radiko.jp/

 
 私は,メディアについては強い関心を持っています。
 自分が参加,出演することについても,できる限り,積極的にやりたいと思っています。

 たとえ,自分の弁護士としての事件や相談の仕事をすることで忙しくても,メディア,webなどを通じて人々に「伝える」ことについては,なんとか時間とエネルギーを捻出してやりたい,と思っています。

 これは,私が弁護士になったときからの考えで,やはり「法」というものは多くの人が「分かってこそ法」なのです。
 
 「法」は裁判官,検察官,弁護士など専門家だけが知っていればよいというものではありません。
 「専門家に押しつけられて従う」ものではありません。

 「法」,つまり,この世の中のルールを知って生活することは,必ず,自分も,他人も幸せにできる人生に繋がります。

 このことを一人でも多くの人に知って欲しいと思いますし,分かりやすく噛み砕いて「法」を伝えることは私の弁護士としての使命だと思っています。

 
 朝っぱらなので,余りハイテンション過ぎずに,穏やかに,ゆるい気持ちで聴いていただけるようなトークを心がけています。

 運転しながらでも,ちょっと台所作業しながらでも,タイミングが合ったときに聴いていただければ幸いです。

 パーソナリティ桑原さんの番組紹介ページ(https://www.salonas.jp/other/radioosaka/)にもバックナンバーが置いてありますので,こちらはいつでもどうぞ。

 
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大学入試改革考~国立大は数学の文理別をやめよ [だから,今日より明日(教育)]

 今日は受験「数学」の話です。

 「数学大っ嫌い!!」という方には,この記事よりも前に以前の記事

きっと元気になる!「微分」の魔法~新・高校生の皆さんへ 
 https://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2017-03-13

を読んでいただければ,「数学」は数字や式ばかりの無機質なものではなく,愛と夢あふれる物語をつくるものだとおわかり頂けるでしょう。

 さて,その上で本題に入ります。


 私の所属する「弁護士」の世界では,昔と違って,進路志望としての「弁護士」人気が下がっている,と言われて10年以上になります。

 一方で,私の出身校である灘高校でも,昔と比べて,「文系」志望の割合が低下している,と言われています。

 前者の「弁護士」人気低下の原因には,確かに,2000年以降司法試験合格者が急激に増えて,司法試験には合格しやすくなったけれども,資格を取っても「食える」とは限らない状態になったということが大きいのは間違いありません。

 ただし,「弁護士」にはこのような特殊事情があるとはいえ,「弁護士」だけではなく「文系」全体の志望割合も低下していることも確かです。

 この傾向は良くないと私は思っています。
 
 端的に言えば,高校の時点で「勉強ができる」という人がみな医師を目指してしまう,ということはやはり社会全体としてみてもったいないように思います。
 もちろん,私は,医師になった同級生たちを頼もしく思っていて(実際色んな事を相談したりしています),彼らが医師になってくれていて良かった,それは私のために良かったというだけでなく,人々の助けになると思っています。
 が,けれども,昔以上に「勉強ができる」人がこぞって医師になるのは行き過ぎで,他の分野にも広がったほうが良いと思っています。
※ ここで「勉強ができる」といえば若干抵抗のある人もいると思いますが,要するに,「頭が切れてやる気もある」若者が,医師だけで無く他の分野,また,「文系」職業にも広く行き渡ってほしい,ということです。

 
 今,昔ほど「文系」の職業に魅力がないというのですが,弁護士の仕事そのものには「やりがい」はあります。
 ただ,昔ほど,弁護士であれば誰でも高収入になるというわけではない,というだけです。
 経済的な安定でいえば医師の方が強い,と一般にはいわれています。
 
 さて,私の今日の提案は,大学入試の「数学」についてです。

 
「数学」の入試について,文系・理系の区別を廃止すべし  特に,国立大(東大・京大など)は廃止すべし  

 もちろん,そもそも入試科目に「数学」がない場合は別ですし,AO入試のようなものは全く別の話です。
 が,国立大レベルで「数学」があるなら,文理の区別はいらない,というのが私の意見です。


 大人になってからは余り関係のない話になるのですが,受験生のときは,やはり他人との比較を気にする人が多いです。
 「偏差値」などは最たる例です。

 
 高校生のときに,私は,「皆が医者になるなら,私は別の道を」という天邪鬼な選択を敢えてしました。それは,つい他人と違うことをしたがる私の性格からです。でもこんな進路選択をする人は少数派です。

 ただ,実際そんな私でも,文系選択をして,3年生で明確にコースが分かれた後は,特に「数学」についてはある種の「怖さ」を感じるようになりました。
 どういう「怖さ」かといえば,自分をスポイルする怖さ,です。

 余力は十分にあるのに,微分積分の進んだ単元などは「やらなくて良い」ことになり,今で言えば,「数学Ⅲ」は無しで,「数学Ⅱ・B」の範囲までだけの入試ということになったときに,「楽でよい」というだけではなくて,「なんで文系は『楽』をするのか?」と疑問に思いました。

 
 もちろん,入試に出ないにしても,灘など進学校の多くでは,文系の生徒もある程度「理系数学」の単元をやります。ただ,やっぱり3年の受験期になれば,もう試験範囲外の勉強はやらなくなってしまいます。

 ここで,「理系数学」「文系数学」が分かれることによって,

理系は厳しい,文系は楽

という図式が出来てしまいます。
 そうすると,向学心がある人ほど,「文系にいくのは勿体ない」と思ってしまうのです。

 
 そこで,私の提案は,

東大・京大など国立大は入試の「数学」を文理共通,一本にする

ということです。

 そうすれば,進学校の生徒にとって,

文系を目指したとしても,「数学」は医学部生と同じ土俵で勝負することになる

ということになります。

 それでも合格ラインは法学部より医学部の方が高いでしょうが,試験を単品でみれば,

東大の数学(今でいう「理系数学」)で8割,10割正解〔なら,医学部も極めて合格濃厚でしょう〕の法学部生

というのも誕生するのです。
 そんな人がいてもよい,いや,そういう人が文系に来てほしい,また,文系にいく人も「理系数学」を学んで高校生のうちに頭の訓練をしたほうがいい,という風に思います。

 
 正直「文系数学」の場合は「理系数学」に比べて格段に易しいので,スキージャンプに例えれば,ゲート位置が高すぎてすぐにヒルサイズ(ジャンプ台のこれ以上飛べないという距離)に達してしまう,という現象が起こります。
 
 文系の学部でも,数学は一番差がつきやすいので,「理系」科目が得意な生徒が「文系」学部を受験した場合は,他の科目がダメでも楽々合格してしまう,ということが起こります。
 ですが,それはその生徒にとっては余りに余力を残し過ぎで,タメにはならないように思います。


 最近,灘高校の先生2名ほどに別々の機会に私の「(東大京大だけでも)大学入試数学の文理区別をやめるべし」案を話してみたところ、理想としてはそれがいいという反応でした(もちろん私と違って現場におられるので、すぐにそうせよとまでの意見ではないでしょうが)。
 また、先生方も「文系志望者も増えてほしい」という気持ちを持っておられました。

 
 「近頃の若いもんは」といわれますが,現代の生徒は,私たちのとき以上に真面目で,向学心もあります。
 
 灘や開成はじめとする進学校の生徒なら特に「根は」真面目ですから,進路選択のときに「文系」という「イージーモード」(もちろん異論はあるでしょうが,現状,高校生・受験生の立場を考えると理系との比較上イージーモードです)を選ぶことそのものに抵抗がある,という人は多いのです。

 だから。

「文系」入試を「イージーモード」にしない受験改革 が必要だと思います。

 そもそも,

東大や京大を受験するレベルの人たちに対して,文系だからと言って,「数学」を易しくする必要がありますか?
「数学」を文系・理系に分ける合理性がありますか? ということは大いに疑問です。

 確かに,私(弁護士)の仕事では,数学の高度な計算は普段使いません。
 ですが,医師だとしても,日頃,微分積分や大学で学ぶ数学を使って仕事をしていますか?大多数はそうではないでしょう。

 結局,大学入試における「数学」というのは一種の「思考訓練」なので,「文系」だから範囲を減らして良い,という合理性は全くないのです。
 頭も身体も若いときに(伸びやすいときに)できるだけ伸ばしておく,ということがベストであることに変わりはありません。
 
 
 つまり,私の意見の趣旨は,

(大学受験の場面における)「医学部」上位,「理系」上位という図式をなくそう

というところにあって,そのカギの一つが,

「数学」の文理区別を無くす

ではないか,ということにあります。

 
 高校生,受験生に対して,

「偏差値」「難易度」「(世間で言う)序列」を気にするなんてつまらない

「行きたいところ(学部)」に行けばいいじゃないか

というのは確かに「正論」です。
 
 ですが,人みんなが「誰がどう見ようと,『これが私の生きる道』」と進める人ばかりではありません。普通は人目や,親の目が気になるものです。

「文系」選択したら,「数学」「理科」ができない奴と思われそう

ということを気にして,「文系」選択をやめてしまう生徒は意外と多いと思います。

 
 さて,話はそれますが,以前,出張講座の関係で灘校を訪問したときのこと。
 下級生が「俺数学苦手なんすよ,文系頭なんで」と言っているのに対して,上級生が「自分で文系頭・理系頭という言い方はやめたほうがいいよ」とアドバイスしていました。
 それを聞いて,「本当に素晴らしい先輩だ」と思いましたし,こういうことを先輩が後輩に言える文化が灘にはずっとあるんだなあ,と思って感動しました。
 日常何気ない場面で「自分の可能性を決めつけるな」と先輩がアドバイスする。さすが,夢と愛あふれる学校だと思います。こういう先輩の一言によって,下級生のその後の学びも違ったものになっている可能性も大いにあると思います。

 「理系」数学であっても「文系」数学であっても,そもそも数学など,四則演算(+-×÷)と論理則の積み重ね,進学校の生徒が「取り組みさえすれば」誰でもできるのです。


 逆もまた真なりであって,「理系」だから「小説の読解が苦手」というものではありません(人によります)。

 学校で出てくる「科目」など数学,物理であっても,国語,英語,日本史であっても結局「およそ人の業」であって,「理系」頭も「文系」頭も初めから関係ありません!

 結局, 

学部の区別は意味があるけれど,「理系」「文系」の区別は雑すぎて意味が無い
と思います。


 そんなわけで,私は,

センター試験に「記述式」を入れること

よりも

数学の「文系」「理系」区別をやめる

大学入試改革を提案します。

 これで,

進学する生徒の高校での学びがより豊かになる

「文系」職業(司法界含む)を希望する人たちが増える
(頭が切れてやる気溢れる若者が今よりも沢山来てくれる)

ことに繋がると思います。

 また,数学の先生方に今こそ立ち上がって,「『理系』数学は一部の人のためのものではないよ」と伝えて欲しい,とも思います。
 

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サマークラーク [弁護士業について]

 私の所属事務所 神戸シーサイド法律事務所 で,今年は「サマークラーク」を募集します。

募集要項
 https://www.kobeseaside-lawoffice.com/wp/wp-content/uploads/2019/04/03dd1213bc177e8883b87922d306fdeb.pdf

 司法試験受験生や法曹関係者以外の方は,「サマークラーク」って何?というところでしょう。

 「サマークラーク」というのは,簡単に言うと「事務所体験」であって,司法試験に合格する前の段階(ロースクール生その他の受験生の段階)で法律事務所で短期間の研修をするというものです。

 なので,司法試験に合格した後の「司法修習生」とは違います。それより前の段階です。

 最近は,東京などの大手の事務所を中心に「サマークラーク」が実施されるようになりました。
 
 通常は,たくさん人数をかかえる渉外法務,企業法務の大事務所が弁護士採用活動として「サマークラーク」を実施する例がほとんどです。

 
 今回,私の事務所で「サマークラーク」を実施することにしたのは,法曹を目指す人に,早い段階で,

地方都市である神戸で

企業法務だけでなく個人の案件も幅広く行う法律事務所

そこで働く弁護士の姿

を見てもらいたいと思ったからです。
 
 東京の大事務所を見学することはもちろん良い,だが,それと同じタイミングで,地元で職人的に仕事をする法律事務所も見ておいてほしい,という思いからです。


 欲を言えば,将来同じ事務所で働くかどうかは別として,

共に新しい時代の弁護士の在り方を創っていける人

(世代を超えて)互いに知的な刺激を与え合える仲間

神戸の街を盛り上げることができる同志

に出会うことができればいいな,という気持ちもあります。

 
 「仕事も勉強も遊びも一生懸命!」というタイプの方を特に歓迎します。

 
 これからも私自身が研鑽していくことは変わりませんが,それに加えて,次世代の弁護士の皆さんとともに歩むことにも力を入れていきたいと思っています。




 


 

 



 

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「Die革命~医療完成時代の生き方」(奥真也さん著 大和書房) [読書するなり!]


Die革命~医療完成時代の生き方

Die革命~医療完成時代の生き方

  • 作者: 奥 真也
  • 出版社/メーカー: 大和書房
  • 発売日: 2019/02/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 2月発売で,現在,紀伊國屋やジュンク堂その他書店で平積みされているベストセラーです。
 
 タイトルのとおりで,医療の進歩はめざましく,この本によればもう医療の完成は「9合目」まで来ているとのことです。
 その結果,私たちは,高齢になっても病気になっても最新の医療によりなかなか死に至ることはなく,超・長寿になっていく,その中でいかに,長い命を楽しんで暮らせるかというテーマの本です。

 とても興味深いテーマです。

 この本では,再生医療など最新の医療テクノロジーについて幅広く紹介され,また,命が長くなる時代に,どういう心持ちで生きていくのが適しているか,について掘り下げられています。

 基本的に「この世に生を受けたからには全力疾走で!」という発想で過ごしてきた私からすれば,「目から鱗」の視点がたくさんありました。

 たとえば,「人生多毛作」という考え方。
 つまり,これまでのように60歳で定年を迎えあとは余生というのではなく,もっとずっと長く働ける人生を考えれば,社会人になってからも,「一つの道」だけではなく,いろんな方面の経験を積み,それを複合させて自分のキャリアを作っていくという在り方の可能性が広がっている,ということ。
 だから,キャリアの途中での「学び直し」も長い人生を考えれば有益だ,というのも納得できる気がしました。

 また,「多病息災」という言葉も出てきます。
 私たちに馴染みがあるのは「無病息災」。
 ですが,これからは(完治できない)病気そのものはいくつも持っていても,医療によって(薬などで)適切にコントロールしながら付き合って生きていく,それでいいのだ,という考え方。
 そもそも,今でも,医者ではない私からすれば自分が「病気を持っている」状態自体を不愉快に思うのですが,お医者さんは「コントロールできて死に至る恐れがないなら問題ない」という考えで事にあたっている,
 とのこと。なるほど,それはそう考えた方がずっと気が楽です。

 私は草野球が趣味ですが、確かに今は、かつてでは考えられない年齢の現役プレーヤーが活躍しています。60代後半は身近な人だけで2人いますし、75歳でも快速球を投げる人がいます。
 長寿選手のプレースタイルは命を削るような在り方ではなく、無駄に体を消耗させないことを意識したものです。「Die革命~医療完成時代」(超・長寿時代)に早くも適応している人という感じがします。
 今でさえこんなですから、将来は益々、でしょう。草野球なら100歳プレーヤーが珍しくなくなる日が本当に来るのではないか,とさえ思います。

 この本の最終章は,「『利己的な自分』からの解放」というタイトルです。
 超・長寿時代になれば,人の在り方にも変化があるだろう,ということについて著者の考察が書かれています。
 より利他的な生き方が自然になっていくのではないか,と。

 「どうせ死ぬから」と思うのと「長く生きなければならないと考えると」と思うのと,確かに,心の持ちように変化があるのは自然な気がします。 

 私の自分の経験でも、「利己的」に生きるに適しているのはやはり見た目も若く体力的にも無理が効く20代だったと思います。
 若さも長持ちする時代なので、利己的なあり方を高齢まで引っ張ることはやろうと思えば可能なのですが、やはり「利己的な行動だけをする」としたら20代のときより疲れますし、達成感も薄いものになります。
 おそらく、超・長寿社会のなかでの自分の喜びを求めていくなら、やはり、社会の中にある存在としての自己実現、つまり他人と幸せを分かつことで喜びを得る方向にいくほうが,自然で幸せになれそうな気がします。

 そうなると,これから来る「医療完成時代」にはもちろん色んな新しい問題も沢山出てくるでしょうが,より他者への想像力やリスペクトの気持ちに満ちた「成熟社会」に近づく,という明るい希望を抱くことができる気がします。

 これからの時代の生き方を考えるにあたって,とてもタメになり,よいきっかけになる本ですので,あらゆる人にオススメします。


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交通事故案件のページ [くらしと安全(交通事故その他)]

 今年から新たに交通事故案件のホームページを作りました。

 https://www.hideki-m-k.com/

main2.jpg

 交通事故案件について,弁護士がついたらどんなことを手助けできるか,私の取り組み方を書きました。
 一言で言えば,そのときの状況を正確に分析して,一番,その人のためになる方法を考えるということに尽きますが,その一つ一つを適切に丁寧に,またスピーディに進めるというのが私のモットーです。
 また,一番大切なポイントを見極めて,そこをしっかり掘り下げる,これが適切な結果を導く鍵だと思っています。

(同HP プロフィール欄より)
 交通事故については,「弁護士をつければ賠償額が上がる」「弁護士によって賠償額に差が出る」と色んなホームページで謳われています。
 どちらも確かに正解です。ただ,私は,本来ならばそうあるべきではないと思っています。
 弁護士をつけてもつけなくても,どの弁護士に頼んでも,適正な被害弁償がなされるべきだし,もっと言えば交通事故が早くゼロになるべきだと思っています。

 しかし,その「理想」に至る道のりの中で,やはり交通事故被害に苦しむ方がいるのは事実であって,また,事件を受ける弁護士の力量や努力によって結果に差が出ることも紛れもない現実です。

 私は,自分が幼少のころから培ってきた「思考力」「分析力」「判断力」,また,「人をわかる」力,「伝える力」,これらの力を,一人一人の交通事故に遭われた方々のために活かして,少しでも良い生活を取り戻して頂くことに役立ちたいと思っています。
                                   (抜粋終わり)

 私たち弁護士は,他人のために色んなことを言うというのは日々の仕事で慣れていますが,自己アピールのようなことは普段あまりしません。
 言うよりも堅実に仕事をすることの積み重ねで信頼を得たい,と思うものだからです。

 ですが,こういうホームページを作るときに書くことは,いわば「所信表明」のようなもので,やっぱり気が引き締まります。
 今の時代,やはり,「自分はこのようなことで人のお役に立ちたい」ということをちゃんと表明する,というのは必要なことだと改めて感じています。


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不貞相手に「不貞についての慰謝料」は請求できます! [法律案内]

 2019(平成31)年2月19日の最高裁判決について
 
 “不倫相手に離婚の慰謝料請求できず” 最高裁が初判断

などの見出しのニュースが流れています。

 最高裁判決そのものはこちら ↓

最高裁HP  http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=88422  
判決書pdf http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/422/088422_hanrei.pdf


 新聞などをしっかり読まなければ,法律に詳しくない人は誤解しかねないニュースですので,簡単な解説をします。

1 不貞(不倫)相手に不貞の慰謝料は請求できます!
 
 これは,今回の最高裁判決の内容と関係ありません。

2 「慰謝料」の整理

 この話で出てくる「慰謝料」には2種類あるのです。  

 ①「不貞(不倫)についての慰謝料」 
   文字通り,不貞行為(不倫)をしたことに対する慰謝料です。
   責任を負うのは,
    不貞行為をした配偶者(妻ありながら不貞をした夫,逆もあり) 
          と
    不貞相手
  との両方です(連帯責任)。

 ②「離婚についての慰謝料」
 これは,不貞行為そのものの話ではなくて,「離婚になったこと」に対する慰謝料です。
 これについて,最高裁は,不貞相手に対して請求できない,と判断したというものです。

3 最高裁判決の理解

 不貞行為をされた配偶者は,不貞相手に対して

 「不貞についての慰謝料」は請求できるけれども,

 「離婚についての慰謝料」は請求できません

という意味です。
 不貞は違法な行為ですので慰謝料が発生します。これは今までと変わりません。
 ただ,「離婚」をするかどうかは夫婦で決める問題なので,第三者である不貞相手が「離婚」の慰謝料を払う,ということは原則ない,という考え方です。

4 慰謝料の額

 「不倫の慰謝料の相場は300万円だ」などと書かれているサイトもあります。
 正確に言えば,「相場が300万円」とは一概に言えず,継続的な不貞の場合「200~300万円」を一応の相場と考えるかなという感覚ですが,ケーズバイケースで,実際の解決は50~500万円くらいまで事情によって決まる,というところです。
  
 ここで相場が「300万円」とか「200~300万円」とか言っている「慰謝料」は「不貞についての慰謝料」のことです。

 ですから,これは,今回の最高裁判決と関係なく,不貞相手に請求できます。

5 不貞慰謝料請求の時効(3年,民法改正で5年へ)

 今回の最高裁判決で,「離婚の」慰謝料が特に争われたのは事情があります。

 「不貞の」慰謝料請求の時効は,

損害 及び 加害者を知ったとき

から3年です(民法724条)。
 
 なので,「不貞行為・相手を知ったとき」から3年です(発覚まで時間差があれば,「不貞行為から3年」ではありません)。

 最高裁のケースは,発覚からこの3年を過ぎていたために,不貞行為に「不貞の」慰謝料請求について「時効の壁」があった,という事案です。
 そこで,「離婚についての」慰謝料を請求した事案です。

 一部の報道で,不貞の慰謝料の「時効のスタート」が「不貞発覚時か離婚時か」の問題だ,という解説がされていたとのことですが,それは不正確です。
 不貞の慰謝料の「時効のスタート」は「不貞発覚時」です。

 時効が3年であることについては,不貞の場合は,確かに短いかもしれません。
 民法724条の条文は,一般的な不法行為(一番多いのは交通事故)のときに,損害が確定したら3年以内に請求してください,そうしないと時効になりますよ,という条文です。

 ですが,夫婦間の問題は,

「不貞が分かったから,すぐ裁判」

という種類のことではありません。毎日の生活に直接関係することですから,パートナーの不貞を知ったからといって,不貞相手に慰謝料請求するかどうかを3年以上悩み続けることは十分にあることです。
 なので,知ったときから3年で時効消滅,というのは不貞をされた人に気の毒な気はします。
 が,現在の法律の定めはそうなので,それに従う必要があります。

 なお,民法改正の結果,2020年4月1日施行の「新民法」(2020年4月1日以降の不貞行為)では,

知ったときから5年  

になります。5年と3年では大違いですね。

6 まとめ

 ともかく,この最高裁判決のニュースのために,「不貞相手に慰謝料請求できなくなった」と誤解する人が出ないように,と思います。

 もう一つ言えば,たとえば,不貞相手が(不貞の)慰謝料を払ったとしても,

パートナー自身が不貞をして婚姻関係を破壊したとした,その慰謝料(「離婚についての慰謝料」)

は別物として存在する,という考え方が,この最高裁判決をきっかけにより明確に意識されるようになるのではないか,と予測します。



   

  
      
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謹賀新年(2019年) [弁護士業について]

 明けましておめでとうございます。

 新しい年が明けました。
 年末年始休みは,少し仕事もしましたが,大部分の時間をリフレッシュにあてることができました。
 昨年の御用納めのときは,正直言って「正月休みいらない!」と思いながら休みに入りましたが,やっぱり,リフレッシュは必要なものです。
 休んでいると不思議に色んなアイデアや,今年やりたいことしたいことが浮かんでくるもので,心の栄養が全ての根底だな,と改めて思います。

 さて,私のブログでの恒例,紅白歌合戦の感想です。
 
 今年はなんといってもMISIAです。
 もう,あの歌声は日本の宝です。
 
 
アイノカタチfeat.HIDE(GReeeeN)

アイノカタチfeat.HIDE(GReeeeN)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: アリオラジャパン
  • 発売日: 2018/08/22
  • メディア: CD



 去年の新曲「アイノカタチ」から,デビュー曲「つつみ込むように」。
 
 もう高音の伸びも,全体的な厚み,情熱,最高としかいいようがありません。
 ライブにも何回か行ったことがありますが,リアルタイムでMISIAが歌っているのを聴くのは魂ふるえます。
 
 そして,MISIAの「つつみ込むように」は20年前のデビュー曲だそうです。
 
 20年前,というと私の弁護士デビューと同じだったのです。

 確かに,そういえば私の社会人(弁護士)初期はまさにMISIAとともにありました。ほぼ毎日聴いていました。
 そのMISIAが変わらぬ健在ぶり,というか,さらにどんどん進化する姿を見せてくれていることは本当に勇気づけられます。

 今年も,一人でも多くの方の助けになるよう精一杯努めますのでどうぞよろしくお願いいたします。


 
  
 

  
 



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今年もお世話になりました。 [弁護士業について]

 私の事務所も本日で今年の業務を終わります。

 一年間,色んな場面で関わった皆様,本当にお世話になりました。

 私の依頼事件に対する仕事のスタンスは

「まるでその人の事件しかやっていないかのような仕事」
 https://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2018-02-14

です。これは弁護士になってからずっと変わりません。

 ただ一方で,今年は特に事件をご依頼頂く機会に多数恵まれ,また,弁護士業務(事件)以外でも弁護士会,奉仕団体(ロータリークラブ),研究会で色んな役割を得ることができ,またその他の私的な勉強会・交流会も主宰させて頂く巡り合わせが多くあり,充実の上にも充実の一年でした。
 私生活でも,身内の者の長年の努力が報われた出来事や,今年一年かかわった司法修習生の若人の皆さんが私のためにサプライズ感謝祭をして下さってとても感激したことなど,これまでにない「てんこもり」の一年でした。

 
 さて,ありがたいことに業務が急増してきたことから,弁護士登録20年目を迎える来年からは,事務所の弁護士体制を拡大(新規登録弁護士を採用)する予定になっています。

 もともと,私は「まるでその人の事件しかやっていないかのような仕事」をあくまで「自分の手」でやることに強いこだわりがありました。
 が,より多くの方々の助けになるため,他の弁護士スタッフの力を借りつつもやはり,私の思う「まるでその人の事件しかやっていないかのような仕事」ぶりを依頼者の皆様に感じて頂けるよう励んでいきます。

 
 話は変わりますが,先日,映画「ボヘミアン・ラプソディー」を観ました。
 私がクイーンを知ったのは,ボーカルのフレディ・マーキュリーが亡くなったニュースがきっかけです。
 当時高校生だった私は,元町のヤマハ教室でキーボードを習っていたのですが,先生からこの話題を振られ,「クイーン知りません。」と言うと,「えー?クイーン知らんのか,君らの世代は。クイーンは絶対聴いた方が良いよ。めっちゃ格好いいから」という話をきっかけに聴くようになったのです。
 そんな時代を思い出し,血が沸き立つような映画でした。
 
 また,その一方で,特にフレディの孤独,マイノリティの立場の苦しさなども感じずにはいられない映画でした。
 関連して,クイーンのドラム ロジャー・テイラーさん(今の) へのインタビューをテレビでみました。
 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181226/k10011759981000.html
 
 映画を観た方はおわかりと思いますが,一番スッキリとした顔立ちの,歯大生だった(そして映画中でしょっちゅうフレディと喧嘩していた)ドラマーです。

 このインタビューで,テイラーさん(本物)はこの映画に関連して「多くの人は皆、何かしらのマイノリティーだと思う。そうした人たちが共感できることがあれば、そしてそこから力をもらうことができればいいなと思うよ。」と語っていました。

 私も過去にブログ記事 「少数者の人権は少数者のためにあらず」https://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2009-12-09 を書いていました,テイラーさんと同じ思いです。
 
 今,世界中に影響力を持つクイーンの「実の」ドラマーであるテイラーさんが,こういう思いを発信され,それが共感を生んでいること,これからの世界の価値観に影響を与えるであろうことが,とてもうれしいことに思えます。

 
 話は戻ります。
 
 私が過去記事「少数者の…」を書いた2009年(約10年前)は,私の仕事の割合としても,「1人1人」個人の立場そのものに立つ仕事が多かったのです。
 だから,「1人1人を大切にして」「少数者の人権を大切に」は自然なメッセージでした。
 
 それが10年経ち,自分も弁護士会の役員を経験するなど立場が変わり,同級生,学友たちも多くが経営者や管理職など責任ある地位に就き・・・となり,私の仕事の割合も「1人1人」ではなく,「会社の立場」「経営者の立場」「団体全体の立場」を考える仕事の割合が増えました。
 そうなると「少数者の人権」と形の上では「衝突」するかのような場面も出てくるのです。
 
 ただ,やはり,本質はテイラーさんいうように,マイノリティの立場は「多くの人」が共有するものなのです。「皆,何かしらのマイノリティー」なのです。
 だから,「懐の深い」社会や,「懐の深い」会社などをつくっていくことは,「多くの人」が幸せになる,ひいてはリーダーや経営者も幸せになる道なのだと思います。
 個の立場の尊重と,全体の調和,バランス。その最適解を見つけ出していく努力はとても大切なものなのだと思います。
 
 弁護士20年目,年齢にして43歳,大人の中でのまた大人になる年ごろにして,自分自身が肝に銘じるべきことのように思っています。

 
 そうして,来年は,「私一人の手で出来ること」の領域から拡大し,されど仕事の質はより向上させ,もっと多くの人の幸福に役立てるように,弁護士業にますます励んでいきたいと思います。
 
 皆様,これからもどうぞよろしくお願いします。


 

 
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