私の算数の「師匠」に再会~水道方式 遠山啓先生 [だから,今日より明日(教育)]
今日の記事は、感動の記事です。
先日紹介しました,算数「水道方式」。私が子どもの頃,毎日取り組んでいたという,算数の勉強法(指導法)って一体どんなものだったのか?
早速,本を買って読んでみました。本当に「子どもを算数でつまずかせたくないお父さんお母さん必見!!」の内容でした。
国土社「水道方式入門 整数編」 遠山啓ら著。
実は,私が使っていたテキストそのものを探したのですが,既に絶版になっており入手できず,そのテキストのもととなった「水道方式」の本を購入したのです。
もう,20年以上も前に勉強したことですから,私もすっかり忘れていましたが,まさにこの本には,私が,小学校時代に,毎日30分ずつやっていた算数の勉強の内容が記されていました。未だ見たことのない,かつての「先生」に出会えた気持ちでした。
はじめは,ただただ懐かしく,ノスタルジーでページをめくっていました。
□のタイルが5個かたまりになって,「のっぺらぼう」の5のタイル。5のタイルが2つくっついて,「10」の長いタイル。「10」の長いタイルが,10本集まって「100」の大きなタイル1枚。
こうして,私の,数の概念が出来てきたんだなぁ…,そうだったんだなぁ。
しかし,私にとって良かったのは,私が使ったテキストそのものが絶版で入手できず,この「水道方式入門」を手にしたこと。
つまり,なぜこのような教え方をするか,ということが,きちんと論理立てて説明されているのを読むことができたからです。
そして,そこには,遠山先生(厳密には,遠山先生だけでなく,共著の先生らとの協同だと思いますが)が,実際に子どもに指導するなかで,
「たった1人の落ちこぼれも出さない。」
「子どものことを絶対にあきらめない。」
という熱い魂があることを読み取ることが出来たからです。
受験塾で,いわゆる「出来る子」に次から次へと教材を与え名門校に合格させるというのは,「よっぽど酷いやり方をしない限り」ある程度は成功するでしょう。「競争原理」の中で子どもを勉強に駆り立てれば,勝者となる一定割合の子どもは,確かに力を伸ばし、合格という成果を勝ち取ります。(私自身も、ほとんど中3のときだけですが、受験塾でお世話になった先生方の恩も、同級のライバル達の存在の大きさも忘れはしません。)
が,受験塾方式の,「落伍者」が出ることを織り込み済みでのサクセスストーリーではなく,
「どの子でも確実に+-×÷の計算ができるようになるための方法」
それを試行錯誤しながら,作りだされたのが「水道方式」だったのです。
本の中での例。たとえば,4+3=6 だと答える子に,どうやって正しい答え「7」を導くのか?
なぜ,その子の答えは「6」なのか?
その子の誤解=「4に指折り3つ数えてたせばよい」から,「4」「5」「6」
「4」は数えないのだよ,と教えても,「5」を思い浮かべるために「4」「5」と言っているうちに,結局「4」「5」「6」となる,答えは「6」のまま。
こういう子は「出来ない子」だからあきらめるのか?
いや,数そのものや足し算の教え方がまずかったんじゃないか?
4に,3つ数えながら足す,という教え方が,そういう誤解を生んでいるのではないか。
遠山先生提唱の「水道方式」では,まず,タイル□で,1~5をじっくりと教え,
[ 5 ]という数字の成り立ち □ □□□□ も□□ □□□も5
をしっかりじっくり教えたうえで,
[ 5 ] □□ 5とはんぱの2 が 7
という風に,6,7,8,9という整数を,5とはんぱの数という風に考えられるようにじっくりと練習して,一桁の数の意味を頭に定着させる。
そのうえで,
4+3
□□□□ と □□□
□□□□ □ □□ …5はワンセットにまとめてしまう
[ 5 ]□□ … 5とはんぱの2個は「7」だったなぁ…
=7
これなら,上で危うく「出来ない子」とレッテルを貼られそうだった子だって,足し算の意味も納得しながら,正しい答えを導けるはずだ。指折り数えをせずに答えを導くことが出来るから,「4」から数えてしまうという誤りも防ぐことが出来る。
たとえばこのような,算数指導の現場での知恵の結晶なのです。
最終的に一桁+一桁などは暗算になり(覚えちゃい)ますが,しかし,最初から「4+3=7」を「天下り式」に覚えさせるのではなくて,きちっと順を追って理解させ納得させる。
そこを「暗記」で誤魔化さないことが,子どもが生きていく上で必要な
論理的な考え方
の基礎になるし,低学年の算数が「苦しい暗記科目」でなくなり,「学ぶ楽しさ」「分かる楽しさ」になる,ということが,熱い魂で記されています。
私の算数の師匠は,「たった1人の落伍者をも出さないために,とことんまで指導法を考え抜いた,熱い魂の男」だったということが分かりました。
本を読んでいて,
「私が,つまづくことなく,算数をらくらくこなせる子になるために,そして,心豊かな人生を送ることができるために,この先生はここまで考えてくれていたんだ…」
「ほんとうに私のためにここまで…」
と思って,感動して泣きそうでした(←自意識過剰すぎ 笑)。
ただし,本のはしがきの最後には,将来「この本をのりこえるような新しい方法が創り出されることを期待する」と記されている。つまり,自分の考えは「絶対」ではない,乗り越えてみよ,と。
こんだけ熱い魂で,先生の頭脳フルパワーで作り上げた「この本」を乗り越えられるわけがないじゃん…
と思いそうになるけれども,先生は「あきらめない」人だった,その魂を受け継ぐべき,先生からすれば次世代(いや次々?次々々世代?)の私たちは,
新しい創造,創意工夫を放棄したら絶対にいけない!!
私たち自身の可能性を,人間の進歩の可能性を信じよう!!
そして魂を燃やし,「この本」で学んだことを活かして,もっともっといい教育を子どもたちに提供したい!!
そのために出来るあらゆることをしよう!!
と思ったのでした。
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