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裁判で使われる「然るべく」とは? [弁護士業について]

 私は、弁護士になった当初から、専門家と称する人が、

やたら難しい言葉や専門用語を使って、その前でキョトンとしている一般の人に配慮せずに、物事を進めてしまう

というようなことだけにはならないように、と思ってやってきました。
 
 言ってしまえば、私は、ある時期からは、「お勉強ができる」人たちの間で暮らしてきました。人一倍、天の邪鬼な私は、

「お勉強ができる」人が陥りがちな悪い傾向にはまりたくない(私だけは)

という気持ちが強かったのです。

 また、

難しげな言葉を並べ立てるのが賢いのとちゃうわい!

という気持ちが強かったのです。

 
 というわけで、事務所のホームページのコラム「リッショウ?ジッショウ?」http://www.kobeseaside-lawoffice.com/staff/1046/ でも書いてみたのですが、

専門用語や、裁判で使われる独特の言い回しについては、その言葉に馴染みがないであろう一般の人に対しては、説明無しに使わないようにする

言い換えをしたり、言葉の説明をした上で使うようにする

ことを心掛けてきました。



 さて、そんな中で、裁判でよく使われる

「然るべく」

という表現について紹介します。

 この表現、まあわけわからないというか、意味が分からないわけではないのですが、なぜ、平成にはいってもこんな文語調の表現が裁判ではいつまでも使われるのかが不可解、という風にも思われます。

 しかし、この「然るべく」という表現が使われ続けるには、それこそ然るべき事情があるとも言え、意外と「これしかない」表現とも言えるのです。

 前置きはこの辺にして、本題に入りましょう。

 
 たとえば、AさんがBさんに殴られたので損害賠償を請求している事件があったとしましょう。

 その事件で、Aさんは、Bさんに殴られた状況を証明する為に、その場にいた、AさんBさんの共通の友人Cさんを証人として調べるよう裁判所に求めたとします。
 
 Aさんの「Cさんを証人として調べて欲しい」という証拠請求について、裁判所は、相手方Bさんに意見を求めます。「Cさんを証人として調べて良いか」と。

 ここで、Bさんの側(多くはBさんの代理人弁護士)が出す意見で多いのが、

「然るべく」

なのです。

 「然るべく」の言葉の意味は、まあ、普通の国語の意味どおりで、「そのように」ということです。

 Bさんの側の意見として「然るべく」以外で、通常考えられるのは、

1 同意する。賛成する。

2 同意しない。反対する。

です。

 証人を調べるかどうかは裁判所が決めるのですが、Bさんも「1 同意する」なら、通常は調べます。
 Bさんが「2 同意しない」場合は、裁判所が、「Bさんは同意しないが、裁判の結論を出すために必要だ」と考えれば調べます。

 上の1,2の意見(回答)は、簡単に言えば、YESかNOかです。

 たぶんアメリカでは、この2種類しかないのではないか、と思いますが、日本では、法廷でも、YESとNOの間の表現があります。

 それが

3 然るべく

で、裁判上の効果としては、YES(「1 同意する。」)の場合と殆ど同じなのですが、ニュアンスが違います。

 ここでは、Bさんの立場で、

Cさんを証人として調べることについてBは歓迎しないのだが、そうはと言っても、必要だと言うことを否定することもできないので、反対はしない。裁判所が調べるというならどうぞ。

というニュアンスです。
 なので、「然るべく」の意見が出た場合、双方に異論がないものとしてその証人を調べることが殆どとなります。

 弁護士としては、法廷で、こういう場合(Bさんの代理人である場合)に意見を聞かれて、

「然るべく」

と答えるという選択肢があるのは、実は大変有り難いのです。

 例えば、ここで、

「同意する。」

というと、傍聴席で見ていた依頼者(本人Bさん)から、

「不利になる証人なのに、なんでやすやすと同意したのか。」

と言われ、一旦非難されたところから、この場合は同意せざるを得ない事情を説明しなければならない、ということもあります。

 「然るべく」はニュアンスが違います。
 その説明として、「こちらとしては積極的に賛成するわけではないが、裁判所が採用するなら従う、という答えをしました。この証人はこの裁判では最も重要な証拠となるので拒むわけにはいきません。反対するのも変です。反対して、『Bさんは、Cさんを呼ばれたら困ることがあるのだろう』などという印象を与えるのは不利です。だから、仕方ないのです。それで、裁判所が証人Cさんを調べるというならば従う、という意味で『然るべく』と答えました。」ということを分かってもらいやすい流れになるのです。

 さらに、

「然るべく」が 文語調 である

ことも、現実には有り難いのです。

 これを口語調に直せば、

「そのようにどうぞ」

となります。

 法廷で、裁判官が弁護士に対して、

「原告の証拠請求(Cさんを証人として取り調べることの請求)に対する意見は?」

と聞かれて、

「そのようにどうぞ」

と答えるのは、いかにも間抜けた感じで、無気力な印象を与えます。

 同じ意味なのに、

「然るべく」

は、ただ響きだけの問題ですが、無気力ではなく、それなりの態度で回答しているかのような印象になります。


 そんなわけで、私は基本的には、

一般社会で使わない難しい表現や、不必要に格式ばった表現 を 人民に公開されているはずの裁判で多用すること

は好きではなく、そういう傾向が残っているなら変えていきたいと思っていますが、一方で、

なぜか残っている文語表現(裁判独特の表現)には、それなりの理由がある場合もある

とも思います。

 
 そして、この「然るべく」などは、グローバル的見方からすれば(余り意味がなく)不合理なものかもしれませんが、裁判の中にある日本の文化の1つの現れという気もします。この微妙なニュアンスが。
 なので、これは、「分かりにくいからなくせばいい」とも思えない表現なのです。

 それでもまあ、一般には、

「『然るべく』ってなんですか」

と思われる方は増える一方でしょうから、我々弁護士は、(ほんのちょっとのことですが)丁寧に説明することが必要ですね。

                                    村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所) 
 



 

 






 
 
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コメント 6

shira

 ははあ、なるほど。してみると「然るべく」という消極的なYesには、自分の利益はともかく道理には従うという理性的な感じが伴いますね。
 私もかつては小難しい言葉を並べるのが嫌いで、わかりやすく表現することに凝っていたのですけど(特に英文和訳)、最近は文語的な表現やちょっと難しい言葉も敢えて使うようにしています。あんまり噛み砕いてしまうと、受け取る側(私の場合は高校生)の消化能力が鍛えられないんで。
by shira (2013-07-13 20:55) 

hm

shiraさん

 ナイス・コメント有り難うございます。

 shiraさんのコメント「道理には従う」という点が、「然るべく」のニュアンスです。まさにぴったりです。

 なるほど、教育の段階では、私も、教師や教材が「親切すぎる」のもどうか、という風に思います。
 もちろん生徒にもよるのでしょうが、「ちょっと背伸びしたら届く」くらいが力を伸ばすのにはちょうど良さそうですね。

 
by hm (2013-07-16 10:00) 

ayu15

これはいいですねえ。

難しい言葉の問題といいところで。

「然るべく」なんて英語訳むずかしそうですね。


遺憾の意
善処します。
難しい問題ですね。

みんなよくわからない言葉です。

ある法人の起こした事故で

「不快な思いをさせてすみません」
との回答。

まあ見事です。

責任はありません。
謝罪します。
どちらにも使えます。
裁判になった時逃げれますねえ。


もちろんこの法人はうちは信用できません。
(うちがお金持ちなら裁判起こしてます!)


あいまいがいいこともたくさんあるけど
あいまいがこじらせてしまうことも


by ayu15 (2013-07-19 10:16) 

hm

ayuさん
 ありがとうございます。
 その通りで、別に意味を持たない回答であれば、「意味がない」と受け止めてどうするか考えるしかありませんね。確かに、挙げられる例であれば、現実的には、(同社に落ち度があるなら)裁判でも起こすしかないと思います。
by hm (2013-07-19 17:54) 

傍聴人味平

最近裁判傍聴にハマってしまった味平と申します。
「然るべく」を調べてこのブログにたどりつきました。

おかげさまで「然るべく」よーくわかりました。

「然るべく」と「しかたなく」って音も意味も似ていませんか?
by 傍聴人味平 (2015-07-02 19:52) 

あ

つまり裁判関係者はバカしかいないってこと?
by (2016-01-06 12:18) 

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