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いじめ問題と学校・教師の責任 [だから,今日より明日(教育)]

 学校でのいじめ問題、そして、それに関連していると見られる生徒の自殺について、報道されています。
 何年か前にも新聞・テレビで大きく取り上げられましたが、この問題は、時代が変わっても、いつも出てきます。

 いじめがあり、それによって生徒が精神のバランスを崩したり自殺したりした場合に、学校や教師にどのような法的責任があるか、今日は、それを解説していきます。
         
【 いじめに関する裁判例からみる学校・教員の責任 】
  
① 安全配慮義務   教員の職務上の義務として、
   
  学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における生徒の安全の確保に配慮する義務   
があります。
    
特に、生徒の生命、身体、精神、財産等に大きな悪影響ないし危害が及ぶおそれがあるようなときには、そのような悪影響ないし危害の現実化を未然に防止するため、その事態に応じた適切な措置を講じる一般的義務がある

とされています。(神奈川・津久井いじめ自殺事件控訴審 東京高裁H14.1.31判決他)

② いじめ問題を考える上で、「守るべき権利、利益」(保護法益)とは何か?

いじめ問題で保護すべき利益は、これまで「生徒の生命、健康、身体の安全等」が中心であるとされてきました。

しかし、本当に、それに限られるのでしょうか。

身がとりあえず安全であるだけでは、その生徒が持っている学習する権利が全うされているとは限りません。
 例えば、「いじめ」によって日常暴力を受けているわけではないけれども、「いじめ」加害者から精神的に圧迫されたり、日常いつもやりたくもない「使いっ走り」をさせられ続けている、としたら、被害者の学校生活は満足なものではなくなってしまいます。

 ですから、いじめ問題を考える上で、生徒には本来「静謐な(落ち着いた、良好な)環境の下での学習(学校生活)に集中しうる権利」があるはずで、それがいじめなどによって害されていないか?ということにも光を当てて考えなければならないのではないか、という問題提起がなされています。

③ どこからが「いじめ」?(どこから学校・教員が介入すべきか)
   
  上記②のいじめ問題で「守るべき権利、利益」とは何か?の議論が関係してきます。
   
  「生徒の生命、身体、精神、財産等に大きな悪影響ないし危害が及ぶおそれがあるようなとき」 
  → これは当然、介入すべき(上記判例参照)ということになります。
   
では、 「冷やかし、からかいの段階」はどうでしょうか。
 教師が子どもの間に介入すべきかどうかはケースバイケースで、微妙な問題になってくるでしょう。
実際の教師の判断はなかなか難しいと思いますが、子どもからの申立がある場合は、きちんと事実関係を調べるなどのことをする必要があるでしょう。
 申立がなくても、子どもの「静謐な(落ち着いた、良好な)環境の下での学習(学校生活)に集中しうる権利」が害されているのではないかと教師が感じる場合は、無視できず、子どもの間に入って関係を調整すべきだということになると考えられます。
 
 そして、「冷やかし、からかい」などであっても、それを受ける当の本人、子どもの主観(受け止め方)を重視すべきです。
 やはり子どもの心の問題だからです。

例えば、裁判例(中野富士見中控訴審判決 東京高裁H6.5.20判決)でも「自分を死者になぞらえた行為に直面された当人の側からすれば、精神的に大きな衝撃を受けなかったはずはない」などとして、悪ふざけと被害を受ける子どもの内面について考察が加えられています。
               
④ 参考裁判例(申告がなければ介入しなくてよいか?に関連して)
  
十三中事件判決(大阪地裁H7.3.24)

 いじめについての観察・調査の義務について、判決は次のように述べています。

「学校側は、日頃から生徒の動静を観察し、生徒やその家族から暴力行為(いじめ)について具体的な申告があった場合はもちろん、そのような具体的な申告がない場合であっても、一般に暴力行為(いじめ)等が人目に付かないところで行われ、被害を受けている生徒も仕返しをおそれるあまり、暴力行為(いじめ)等を否定したり、申告しないことも少なくないので、学校側は、あらゆる機会をとらえて暴力行為(いじめ)等が行われているかどうかについて細心の注意を払い、暴力行為(いじめ)等の存在が窺われる場合には、関係生徒及び保護者らから事情聴取をするなどして、その実態を調査し、表面的な判定で一過性のものと決めつけずに、実態に応じた適切な防止措置(結果発生回避の措置)を取る義務があるというべきである。」

⑤ 対処方法について

  具体的な対処方法は教育者の方の専門領域です。ただ、上記の法的義務から、私が法律家なりに考える対処方法は大筋で次の通りではないか、と思います。
   
  いじめに対しては、状況に応じた、また、加害生徒にも学習権があることを念頭に置いた柔軟な対応が必要でしょう。

 しかし、被害生徒の生命・身体への危険が大きい場合は特に要注意であると考えられます。

 相当事態が深刻化しているときは、加害生徒に口頭注意するだけでは却って危険な場合があるでしょう(仕返しの暴行が行われるだけ、という危険性がありますから)。
場合によっては被害生徒と加害生徒を隔離する処置や、さらに深刻であれば警察介入等が必要な場合も考えられます。

 もちろん、(安易に警察権力に頼るなどというのも問題ですから)、そこにいたる前に、丁寧な話合いで、生徒関係をできるだけ正常化させてゆく粘り強い働きかけが必要なのはもちろんでしょう。
 
ただ、いじめ問題・現象が生じているときに、生徒自身、ないし生徒間による解決に委ねることには基本的に無理があると思われます。(平常の、人権に関する教育の中で、一般論的に、解決方法を考えさせること等は必要でしょうし、有益だと思われますが、いじめの渦中にあれば自分のトラブルのことを合理的に考えることは非常に難しいですから。)

⑥ 教育体制・環境(予算)等の問題
  
上記の判例でも「細心の注意を払い」等と言われているように、法的には、学校・教員には高度な義務が課されています。
 子どもの人権、学習権を保障するためには、確かに、必要なことです。

 ですが、現実の教員(先生)の立場に立ったときどうでしょうか。
 先生がみんなスーパーマンであるわけではありません。生身の人間です。
 法の建前はその通りだとしても、先生自身が、「細心の注意」を行き届かせられる状態にあるかどうかが重要です。

 つまり、先生がどのような条件下で働いているか。
 学校や教室を任せるに十分な人員が配備されているか、教室の生徒数からみて「細心の注意」を行き届かせられる範囲かどうか。
 先生が、指導内容を工夫することや、生徒の間に入って色んなことを感じて指導に活かす、そういうことに出来るだけ集中できるような仕組みになっているか(逆に言えば、形式的な文書作成などに時間を取られすぎたりしておれば、思うようにいかなくなるが、そのようなことはないか)。

 このような教育に関する条件整備が十分になされていなければ、上記の判例で言う、

「細心の注意」をする義務を課し子どもの学習権を守るべきである

ということも絵に描いた餅になってしまいますし、結果的に、先生や学校が責められ続けるばかりで、悲劇的な出来事は決して減りません。

 今起こっている事態について、教育委員会や学校は、事実関係について出来るだけ率直に開示することは必要なことだと思います。隠したり、うやむやにしたりしてもはじまりません。
 率直に事実を開示したうえで、学校の体制などに(予算が絡むことでも)無理があるのであれば、それも率直に言って、事態の改善に向けて、みんなが知恵を絞れるようにすべきだと思います。
 その際、「学校は何をやっていたの?」「教師は何をやっていたの?」とか、誰かを責めるだけではなく、学校や教師の置かれている状態を良くし、判例の言う「細心の注意」を行き届かせるにはどうしたらよいかを建設的に考えていくことこそ大事だと思います。

                                          村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所
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心如

 いじめにどう対応すべきかという前に、いじめが存在することを隠そうとする教師や学校、教育委員会などの姿勢をなんとかしなければと思います。いじめがあったとは認められないとか、いじめと自殺の関連は認められないなど、自分たちの責任を逃れることしか考えていないのなら、まともな対応は端から期待できませんが…
by 心如 (2012-07-11 19:28) 

hm

shiraさん、maiさん、心如さん
 ナイスありがとうございます。

心如さん
 
 何が起こっているのかを直視することがまず初めの一歩ですね。
 
 
by hm (2012-07-12 09:46) 

ayu15

いじめられた人を思うと心が痛みます。そして強い怒りの感情がでてきます。「犯人」捕まえて死刑にしてほしいと。

でもそれでいいの?それじゃ光事件の時は?
と。
刑事裁判の考え方だけでいいの?
いろいろ思います。
誰かを処罰するための調査?

ささやかな声でもも逃さずすぐ対応(証拠探しとかでなく)
その人の身の安全の確保してほしいです。

ベガーさんの事件の時も議論が盛り上がり?でした。議論してるまに殺されるかもしれないのに。

現場の先生は忙しいらしいし・・
安心して逃げ込める安全地帯ができないんでしょうか?

なんか人権に関する法が十分機能していないような気がします。
by ayu15 (2012-07-12 13:15) 

hm

ayuさん

 ナイスコメント有り難うございます。

安心して逃げ込める安全地帯

 これは重要ですね。
 それで、そういう場所がある、逃げる手段があるということが、周知されることもまた大切ですね。

 
by hm (2012-07-13 16:45) 

ayu15

再コメントすみません。ちょぃ記事から外れるんですが司法の現場では「いじめ」はどう扱うんでしょう?
事件で司法の場にでると
罪名が必ず付きますよね。

罪名にいじめなんてあるんですか??(ないような気が・・)
罪名つけて起訴しますよね。起訴された罪名で見て有罪無罪など判決でますよね。


いじめは複合の場合も多いのでどうなるんでしょう?
罪名は1個ですか?
いじめの場合のような複合は?
例・・
暴行
恐喝
盗み
器物損壊
強制わいせつ
名誉棄損
機密漏洩
傷害
迷惑防止条例違反
これらの複合ではどうなるんでしょう?


先日も被害者遺族が損害賠償で民事裁判起こして自殺するほどじゃないと敗訴したそうです。
遺族いわく
複合でなく切り取られた一部でのみの判決だと。


司法ではどうなのかよく考えたらうちは全然知らないんです(-_-;)
by ayu15 (2012-07-13 20:28) 

hm

ayuさん

 いじめを分析すれば、挙げておられるそれぞれの罪にあたります。

 司法判断は、ふつうは一つ一つの論点毎にするわけですが、優れた裁判官は、それだけではなく、事案の流れ全体を判断して「ブチブチに切って判断すると、それぞれは成り立たないけれども、全体の流れを分析すれば○○の結論になる」という結論を導くこともあります。
by hm (2012-07-20 10:59) 

NO NAME

プライバシー 判例

平成25年(ワ)第1912号
札幌地裁 裁判官 千葉和則

生徒の英語の成績が、札幌市内中学校で、本人の了承なく廊下に張り出された事件。
原告は、プライバシーの侵害を訴えた。

棄却する

札幌市個人情報保護条例8条違反ではない

本件掲示は、学習意欲の向上を目的とし、学力の増進を図る目的がある。

8条1項柱書きで言う「個人情報取り扱い事務の目的の範囲を超えて」
行われたとはいえない。
プライバシー自体は尊重を要するものであるが、一切の公表が許されな
いわけではなく憲法違反ととらえるべきものとはいえない。
本件において不法行為は成立しない。

個人的なご意見で構いません。みなさん、どう思われますか?
by NO NAME (2014-02-28 20:02) 

とも

初めまして。

養護教諭からの一方的な暴言や管理職、担任からの著しい嘘等をつかれ、市教委からの暴言もあったのですが、暴言は体罰ではないと言われました。

一方的に保健室で言われてます。

事実も隠され不登校にされ、自殺未遂までしましたが市教委や学校はなにもしてくれず。

どうしたらいいのかわからなくなりました。
事実確認も適当でした。音声や書類等の証拠はあります。
by とも (2014-07-25 17:33) 

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