生活保護と扶養義務 [法律案内]
少し前ですが、人気お笑いタレント河本準一さん(といっても、私はよく知らない人でした)のお母さんが生活保護を受給していたことで、タレントが謝るというニュースがありました。
このニュースを見て、
「子どもが十分収入があるのに、母が生活保護を受給するなんてけしからん!自分が必死に納めている税金を何だと思っているんだ!」
と感じた人も多数あると思います。
しかし、密かに、こういうニュースをきっかけに、
「そういえば、私の兄弟も、仕事をせず、確か生活保護だったはず…
私はちゃんと会社勤めしていて年収がそれなりにあるから、河本さんのように、『兄弟の面倒はお前が見るべき』と言われて役所から『金を返せ』とか何とか言ってこられるとか、『国民の敵』とか言われることにならないだろうか…
年収が一応あると言ったって、子どもが3人いて、受験費用やら何やらたくさんかかって、全然余裕もないんだけど…
でも、子どもを私立の学校に行かせているなんて贅沢だからダメとかそういうことになるのかな…」
というようなことがつい心配になった人も、意外と多いんじゃないでしょうか。
この点について、解説します。
まず、この関係の法律の条文はこうなっています。
生活保護法
(保護の補足性)
第四条 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法 (明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3 前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。
第4条2項にあるように、確かに、生活保護に優先して、「扶養義務者の扶養」が行われるということが書かれています。
ですので、基本的な考え方としては、やはり子が親に対する扶養をすることが生活保護よりも優先、ということになります。
では、直ちに、「河本さんがけしからん」となるか、上の例の「『子どもを私学にやっている年収それなりの、兄弟は生活保護の人』がけしからん」となるか?といえば、しかし、そうとは限りません。
ところで「扶養義務者」とはどの範囲でしょうか?
民法
(同居、協力及び扶助の義務)
第752条
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(扶養義務者)
第877条
1.直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2.家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3.前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる
要するに、通常の場合、「夫婦」と「直系血族及び兄弟姉妹」には扶養義務があるというわけです。
さらに、どの程度の扶養をしなければならないのか?というのを分類すると次の通りです。
1 夫婦 と 未成熟の子に対する扶養
これは、もっとも「強い扶養義務」です。
つまり、自分と同レベルの生活ができるように援助する扶養義務があります。
2 1以外の直系血族及び兄弟姉妹
これは1の場合と違います。
少し考えれば分かりますが、自分が真面目に働いてある程度以上の生活を何とか維持しているとして、それよりは経済的に低い水準にある「既に成人した家族」がおれば、全て富を分かち合い同レベルの生活を送るようにしなければならないか?ということですが、そんな必要はありません。
まず、自分と同居の家族がその社会的地位にふさわしい生活を成り立たせた上で、なおも余裕があるのならば、直系血族(祖父母、親や子、孫)や兄弟姉妹が、健康で文化的な最低限度の生活(憲法25条)を送れるように援助するという義務があるとされています。
私は、河本さんをことさらバッシングしたりする気はありませんが、扶養義務の民法の現行の解釈としては、河本さんの例であればお母さんに対する扶養義務そのものはあったということになるのではないか、と思われます。とりあえず、現時点の収入はそれなりに多い、という理由から。
(ただし、「あったということになるのではないか」というシャキッとしない物言いになるのは、正直、本当に河本さんはそれほど余裕があるということなるのか疑問もあるからです。河本さんには失礼かもしれませんが、余りテレビを見ないとは言え私が知らなかったくらいだし、今のお笑い芸人の入れ替わりの激しさからすれば、いつ売れなくなるかも分からないのではないか、将来の不安定さなどを考えれば、河本さん自身の生活だってどうなることか?と思うからです。ひょっとしたら今一生分稼いでいるのかも…と思ったり。本当に失礼ですが。河本さんごめんなさい。)
一方、もうひとつの 「子どもを私学にやっている年収それなりの、兄弟は生活保護の人」の例は、自分がその社会的地位にふさわしい生活を送れば手元に殆どお金が残らないというのですから、無理に、お金を兄弟に回すというまでの義務を負わすことはできない、という考え方が成り立つように私は思います。
ところで、河本さんにお母さんに対する扶養義務があるとすれば、河本さんのお母さんは「不正受給」か?というとそれは違います。これは法律上はっきりしています。
上の生活保護法第4条の定めは、扶養義務が生活保護に「優先する」と書いているものの、扶養義務者が扶養義務を果たすことが保護の「要件」にはしていません。
実際に扶養が行われているときには、それを計算に入れて、保護が出るかどうか、額をどうするかを決めるというだけです。
そうすると、
そんな甘いことをやっていたらダメじゃないか?
ということになるのですが、これは、1950年(今から60年以上前)に、先進諸外国の例にならって、生活保護法を改正してそうなったものです。
そのことについて詳しくは述べる時間がありませんが、
扶養を保護の条件にするかどうかは、家族の「縛り」をどこまで法で強制するか?という根の深い問題
になってきます。
家族の「縛り」をどこまで法で強制するか?
家族の「縛り」をどこまで法で強制するか?
と、何遍も頭の中で唱えると、ちょっと怖い問題だと感じられませんか?
単純に、
家族が扶養することを保護の条件にしたほうが、税金の支出が減っていいじゃないか!!
とも言えないのがわかってもらえるでしょうか。
もちろん、私は、生活保護による支出が減ったほうがいいと思います。
生活保護でジャブジャブ税金を使うというのは嫌は嫌です。
ですから、生活保護受給せずにすむ人が増えた方がいいと思います。
生活保護を受給するよりは働けた方がいいし、働けなくても愛情に基づいて家族に養ってもらっているほうがより良いと思います。
でも法でどこまで「家族の縛り」を強制できるかは別問題。
そのあたり、冷静に見極めた上で、生活保護について議論したいものです。
そして、生活保護制度そのものだけではなく、雇用などの社会的条件の問題を全体的に工夫して、結果として生活保護受給もそれほど必要なくなる社会になればと思います。
村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所)
このニュースを見て、
「子どもが十分収入があるのに、母が生活保護を受給するなんてけしからん!自分が必死に納めている税金を何だと思っているんだ!」
と感じた人も多数あると思います。
しかし、密かに、こういうニュースをきっかけに、
「そういえば、私の兄弟も、仕事をせず、確か生活保護だったはず…
私はちゃんと会社勤めしていて年収がそれなりにあるから、河本さんのように、『兄弟の面倒はお前が見るべき』と言われて役所から『金を返せ』とか何とか言ってこられるとか、『国民の敵』とか言われることにならないだろうか…
年収が一応あると言ったって、子どもが3人いて、受験費用やら何やらたくさんかかって、全然余裕もないんだけど…
でも、子どもを私立の学校に行かせているなんて贅沢だからダメとかそういうことになるのかな…」
というようなことがつい心配になった人も、意外と多いんじゃないでしょうか。
この点について、解説します。
まず、この関係の法律の条文はこうなっています。
生活保護法
(保護の補足性)
第四条 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法 (明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3 前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。
第4条2項にあるように、確かに、生活保護に優先して、「扶養義務者の扶養」が行われるということが書かれています。
ですので、基本的な考え方としては、やはり子が親に対する扶養をすることが生活保護よりも優先、ということになります。
では、直ちに、「河本さんがけしからん」となるか、上の例の「『子どもを私学にやっている年収それなりの、兄弟は生活保護の人』がけしからん」となるか?といえば、しかし、そうとは限りません。
ところで「扶養義務者」とはどの範囲でしょうか?
民法
(同居、協力及び扶助の義務)
第752条
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(扶養義務者)
第877条
1.直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2.家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3.前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる
要するに、通常の場合、「夫婦」と「直系血族及び兄弟姉妹」には扶養義務があるというわけです。
さらに、どの程度の扶養をしなければならないのか?というのを分類すると次の通りです。
1 夫婦 と 未成熟の子に対する扶養
これは、もっとも「強い扶養義務」です。
つまり、自分と同レベルの生活ができるように援助する扶養義務があります。
2 1以外の直系血族及び兄弟姉妹
これは1の場合と違います。
少し考えれば分かりますが、自分が真面目に働いてある程度以上の生活を何とか維持しているとして、それよりは経済的に低い水準にある「既に成人した家族」がおれば、全て富を分かち合い同レベルの生活を送るようにしなければならないか?ということですが、そんな必要はありません。
まず、自分と同居の家族がその社会的地位にふさわしい生活を成り立たせた上で、なおも余裕があるのならば、直系血族(祖父母、親や子、孫)や兄弟姉妹が、健康で文化的な最低限度の生活(憲法25条)を送れるように援助するという義務があるとされています。
私は、河本さんをことさらバッシングしたりする気はありませんが、扶養義務の民法の現行の解釈としては、河本さんの例であればお母さんに対する扶養義務そのものはあったということになるのではないか、と思われます。とりあえず、現時点の収入はそれなりに多い、という理由から。
(ただし、「あったということになるのではないか」というシャキッとしない物言いになるのは、正直、本当に河本さんはそれほど余裕があるということなるのか疑問もあるからです。河本さんには失礼かもしれませんが、余りテレビを見ないとは言え私が知らなかったくらいだし、今のお笑い芸人の入れ替わりの激しさからすれば、いつ売れなくなるかも分からないのではないか、将来の不安定さなどを考えれば、河本さん自身の生活だってどうなることか?と思うからです。ひょっとしたら今一生分稼いでいるのかも…と思ったり。本当に失礼ですが。河本さんごめんなさい。)
一方、もうひとつの 「子どもを私学にやっている年収それなりの、兄弟は生活保護の人」の例は、自分がその社会的地位にふさわしい生活を送れば手元に殆どお金が残らないというのですから、無理に、お金を兄弟に回すというまでの義務を負わすことはできない、という考え方が成り立つように私は思います。
ところで、河本さんにお母さんに対する扶養義務があるとすれば、河本さんのお母さんは「不正受給」か?というとそれは違います。これは法律上はっきりしています。
上の生活保護法第4条の定めは、扶養義務が生活保護に「優先する」と書いているものの、扶養義務者が扶養義務を果たすことが保護の「要件」にはしていません。
実際に扶養が行われているときには、それを計算に入れて、保護が出るかどうか、額をどうするかを決めるというだけです。
そうすると、
そんな甘いことをやっていたらダメじゃないか?
ということになるのですが、これは、1950年(今から60年以上前)に、先進諸外国の例にならって、生活保護法を改正してそうなったものです。
そのことについて詳しくは述べる時間がありませんが、
扶養を保護の条件にするかどうかは、家族の「縛り」をどこまで法で強制するか?という根の深い問題
になってきます。
家族の「縛り」をどこまで法で強制するか?
家族の「縛り」をどこまで法で強制するか?
と、何遍も頭の中で唱えると、ちょっと怖い問題だと感じられませんか?
単純に、
家族が扶養することを保護の条件にしたほうが、税金の支出が減っていいじゃないか!!
とも言えないのがわかってもらえるでしょうか。
もちろん、私は、生活保護による支出が減ったほうがいいと思います。
生活保護でジャブジャブ税金を使うというのは嫌は嫌です。
ですから、生活保護受給せずにすむ人が増えた方がいいと思います。
生活保護を受給するよりは働けた方がいいし、働けなくても愛情に基づいて家族に養ってもらっているほうがより良いと思います。
でも法でどこまで「家族の縛り」を強制できるかは別問題。
そのあたり、冷静に見極めた上で、生活保護について議論したいものです。
そして、生活保護制度そのものだけではなく、雇用などの社会的条件の問題を全体的に工夫して、結果として生活保護受給もそれほど必要なくなる社会になればと思います。
村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所)
2012-06-22 21:50
nice!(3)
コメント(6)
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モヤモヤしていたこの問題が、とてもスッキリわかりました!ありがとうございます☆
by mai (2012-06-23 07:33)
所得を隠して不正に受給したわけではないのです。どこかのアホ政治家が、親から毎月1500万円も貰っておいて、5億円以上も脱税したのはほとんど追及しないのに、特定の個人のプライバシーを公表し、個人攻撃を加えて袋叩きにするなんて私は感心しません。
by 心如 (2012-06-23 20:17)
この種の話は法的にもビシッと線が引けない場合が多いのだろうなとは思っていましたけど、やはりこういう感じなんですね。
してみると、一方的に「けしからん」とヒステリー状態になった人々の方が罪深いという感じがします。
by shira (2012-06-23 22:02)
扶養を保護の条件にするかどうかは、家族の「縛り」をどこまで法で強制するか?という根の深い問題
ですか。
すごく納得です。
shiraさんのコメントにもありますが、
家族の絆大事だ!
家族が面倒見るべき!
当たり前が出来ていない人がいる!
「けしからん!!」
法で取締り厳しく監視して処罰しよう。
こういう空気結構感じます。
怖いです。不安です。
「雇用などの社会的条件の問題を全体的に工夫して、結果として生活保護受給もそれほど必要なくなる社会になればと思います。」
うちもなんかそう思います。
以前書いたごみ問題とにたような。結果みすぎて過程がどこかに・・。
結果で判断でなく社会要因や制度見直し結果的に減るようにしてほしいです。
by ayu15 (2012-06-25 08:26)
maiさん
ナイス、コメントありがとうございます。
私もこの際に調べてみて、やっとわかったことがありました。
心如さん
ナイス、コメントありがとうございます。
同感です。
shiraさん
ヒステリーを煽った人たちは、社会をどういうふうにしたいのでしょうか?
まずは報じてみんなで考えよう、というのもアリだとは思いますが、取り上げ方の在り方に???があります。
ayuさん
そうなのですね。
みんなの余裕がなくなっているので、空気で突っ走りやすい傾向がありますね。
立ち止まってよく考えるべきところもあるよ、ということを気に留めながらでないと、ということが多々ありますね。
by hm (2012-06-26 10:09)
憲法学者の浦部法穂さんは、この問題について、詳しく意見を書いておられますので紹介します。
http://www.jicl.jp/urabe/backnumber/20120607.html
by hm (2012-06-26 10:16)