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近頃まれな夢のある話 [だから,今日より明日(教育)]

 
 最近は、弁護士業そのもののほうの作業量が多くなってしまい、また、生活全般に余分の時間がなく、ブログに中々手が回らないことが多くなっています。

 ニュースを見ても、それに対し、どういう切り口で何を言ったら世の中良くなるのか、考えを定めるにも時間がかかることも多く、余計に更新が途絶えていました。

 が、久しぶりに、神戸女学院大学内田樹教授のブログを読むと、「立国の道すじについて」というタイトルで、大変夢のある、かつ、大いに賛同できる内容があり、気持ちが晴れてきたので紹介します。

 → 内田教授のブログ http://blog.tatsuru.com/2010/11/09_0945.php

 
 内田さんは、日本の立国の道すじについて、日本の文化の持つ力を活かすべきとのべたうえで「教育立国」を提案します。
 そのうえで、

(同ブログ引用開始)

「教育立国」というのは、博士号を何人がとったとか、外部資金をいくら集めてきたとか、特許の件数がいくらになったとか、そういう「せこい」枠組みで論じる話ではない。
そのような既存の枠組みの中での自分の相対的なポジションを上げて、年収や地位を上げることを人生の目標とするような小粒な人間を何十万人集めても教育立国などできるはずがない。
イノベーティヴな才能が「ここでなら気分よく仕事ができる」という環境を整備すること、それが教育立国施策の「すべて」である。

                                                   (引用終り)

と述べておられます。

 確かに、実際に、勉強が出来るようになったり、学問を深められたりするためのエネルギーを考えるとき、「賞」とか「地位」とか「金」程度のものだけであれば、エネルギーとしては弱い。

 こういう「にんじん」的なものそのものを目標に据えてしまうと、その目標までのパワーが短期的に発揮されるだけになってしまいます。

 対して、何がエネルギーとして優れているかといえば、知的好奇心や探求心そのもの。
 学問を深めれば深めるほどもっと面白くなって、さらに深めたくなる、というのが最強のスパイラル。
 要はこういう状態をいかに上手に作り出すか。
 また、ここにくれば、「深めれば深めるほどもっと面白くなって、さらに深めたくなる」生活ができますよ、という環境を日本が整えられれば、それが「教育立国」。
 そうすると、「賞」などを目標にしたわけではないのに、結果的に「賞」がついてきたり、「金」が集まったり、色々いいことになる。

 こういうのがいいですね。


 で、じゃあ、どんな風なシステムや仕組を作ったらいいの?という具体策は、書かれていません。
 が、基本的なコンセプトは非常に大事で、そういう意味で、実に内田さんの考えは賛同できるものでした。 
     
 
 「成長戦略を」「国際競争を勝ち抜くために」云々が紙面などを踊ることがありますが、こんなこと言っているうちはどうだかな、という気になります。なんか、成績の悪い子どもに親が意味なくハッパをかけつづけている状態のようです。「あんたは、やれば出来る子なんだから」というような・・・。

 まず、そこから離れた国作りをしてみたら、と思います。
 短期的な「現ナマ」的な利益にとらわれず、色んなことの基本を大切にして(つまり、国で言えば、健全な財政にすることや、多数の人の雇用や生活の安定とかそういうことも含めて、ですね)、底力を上げていくようにしたほうがいいのではないでしょうか。
 急成長する国(中国、インドなど)と競ったりするのではなく、むしろ逆で、成長状態にある国々が置き去りにしている部分などに本当は大事なことが多いのではないか、という気がし、日本は、そちらを大切にしたほうが、長い目で見れば国が反映するのではないか、と思います。
 というのは、いつまでも同じペースで「成長」し続けることはないのですから、「成熟」の仕方こそがいずれ大切になっていくことは明らかだと思えるから。

 というわけで、私は、「成長戦略!」「国際競争力!」と「教育パパ・ママ」みたいなことを言わずに、国が、他国との競争ではなくて、その国の社会、その国に住む人たち自体が活き活きしていることを大切にしていく考えがよいと思います。

 そして、「国際競争に勝ちたいなんてハナっから思っていないけど、当たり前のことを大切にやっていたら、うちの国は、調査の結果によれば、どうやら国際競争ってものにも割と『勝っている』ことになっているらしいね。」ということになると良いと思います。

 逆説のようですが、競争競争言わないのが実は国際競争力を高めてしまったりするのではないか、と。

 そんなウマイ話が・・・と思われるかも知れませんが、私は、かなり確信に近く、このほうが上手くいくだろうと思っています(ただし、日本にいる多くの人が同じ考えになれたら、の話ですが)。
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shira

 私もこれ読みましたよ。目先のゼニ=経済競争に勝ち抜くなどという「せこい」もので動機付けらるほど、人間の学びはチャチなものではないという主張には大きくうなずきました。
by shira (2010-11-10 23:23) 

hm

shiraさん
 ナイス・コメントありがとうございます。

 そうなんですよね。

 えらい人にはそれがわからないのか、はたまた、下々の者を「どうせお前らはチャチな存在」と見下しているのか、えらい人自身が本当にチャチなのか・・・

 よくわかりませんが、学びの本質を見つめることなくして、学問を語るな、と思います。
 という私もよくわかっていませんが、どういうときに人の知的パワーが発揮されるかを想像すれば、やっぱ内田先生のいうようなことだろう、と思います。
by hm (2010-11-11 12:12) 

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