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全国学力テスト復活について [だから,今日より明日(教育)]

 今日、神戸新聞に、24日実施された全国学力テストの問題・回答が掲載されていた。

 この件について、私の考えを述べたい。

 まず、テストの問題そのものの感想としては、そこそこ平易であるし、また、狙いもある程度よく分かるものであって、大体は良問ぞろいであるという評価が出来るのではないか、と思った。
 つまり、この程度の問題について、小6・中3ならばみんなが満点に近い成績を取れる程度の学力を身につけさせるような教育が全国的に保障されるべきだということについては異論はない。

 しかし、それでもなお、全国学力テストを一律すべての子に実施しようとするあり方には疑問が残る。

1 全員調査の「必要性」は、全員調査のデメリットを上回るか?

 朝ニュースで伊吹大臣が「サンプリング(抽出調査)より、全体調査の方が信頼性が高いことは統計学の常識」と述べていた。
 しかし、これは、今回の学力テスト全員実施が良いということを決定付ける理由としては不十分だし、誤解を招く。

 統計学上調査対象が一部より全体に近づくに従って信頼度が増すことは当たり前のことである。そこまでは正しい。
 ただ、考慮に入れなければならないのは、

・ 全体調査をする場合のコストや弊害を生じる恐れ

というものと、

・ 調査目的を達するためにどの程度の「誤差」は許されるか

それに従って、

・ 「誤差」を期待される範囲内に抑えるためには、どの程度の割合の調査をすれば足りるのか

ということである。
 これらの総合判断で、どういう学力調査の方法がよいのかを議論すべき問題であって、上の伊吹発言はまったくその点に対する答えになっていないということである。

 簡単に言うと、日本全国の小中学生の数(今回240万人が対象だそうだ)からすれば、仮に5パーセント(12万人)くらいのサンプル調査(抽出調査)であっても、「多くの子が、どのようなタイプの問題を得意としていて、どのような問題は苦手か」ということは十分分かるはずだということだ。
 小6と中3それぞれ12万÷2の6万人くらいのサンプルを集めれば、それだけでも統計的に観察する数としては十分であるだろう。
 学力調査は可能であるし、全員調査をした場合とほとんど変わらない結果が生じるであろう。
 
 なので、この全員テスト方式について、高コストとなるとか弊害が予想される場合には、やはりやり方がよくないということになると思う。

2 かつての全国学力テスト実施~廃止という歴史的教訓に学んだか?
 
 40年以上前の話であるが、かつても全国学力テストが実施された。
 このとき、現場に混乱もあり、成績の悪い子を学校を休ませるような、異常事態も生じていたという。
 今回はその心配は取り払われているのだろうか?
 どうもそうは思われない。
 朝ニュース番組で、テストを受けた中3の女の子が、
「みんなの点が良ければ、学校は優遇してもらえる、と先生が言っていた」
というようなことをインタビューに答えて述べていた。
 この女の子の認識や先生の発言は、ひょっとしたら誤解に基づくものかもしれないが、現場にはそういう風に受け取られているという現実があることは否めまい。
 これは、まさに、40年以上前にあったような現場の混乱と近い状態が既に起こっていることの現われではないか。心配である。

3 奇妙な競争や、奇妙な不安感を煽ること

 「私の住む区は、全国学力テストの成績が良い。」「私の子が行っている学校は成績が良い。」
 こういう話は今年の秋以降、かなり堂々と言われるようになるようだ。
 つまり、学校等の成績の公表を禁止されていない。
 ということは、やっぱり知りたいのが人情だから、すべてオープンに近い形になるだろう。

 これが良いことだろうか。
 「あほかっちゅうねん。区の成績が良かろうが、学校の成績が良かろうが、個人は個人やろうが、関係ないわ。教える内容も、公立である以上大差ないわい。関係ないわ。」という風に私は今は思う。それは、私の心臓に毛が生えていることと、私の子はまだ就学していないから、そういう強いことが言えるのかもしれない。
 実際子が小6中3になった多くの親にとっては、「区の成績が良い悪い」「学校の成績が良い悪い」と言われれば大変不安を感じるし、是非「勝ち馬に乗りたい」と思うのがまともな人の情なのではないか、と思う。
 
 2005年に全国テストの実施方針を述べた中山文相(当時)が、「競争」「切磋琢磨」と堂々と述べていたそうだ。

 さて、阪神と巨人の伝統の一戦しかり、松坂対イチローの対決しかり、「競争」「切磋琢磨」が全て悪だとは思われないのだが、だが、「競争」がいい場面とよくない場面がある。

 今の全国学力テストの問題を見てみると、これを「競争」の道具にしてはならないと思う。

 上で「良問」として私は評価した。その意味は、誰もが出来るようになってほしい水準の問題だ、という意味で良問と評価したのである。

 なのに、これを使って競争するという発想は、この問題を「解ける者」と「解けない者」が出ることを前提としてゆくということだが、それはいけない。
 
 この「良問」の水準ならば、競争に使ってはダメで、全員を百点に向けて丁寧に指導してゆく材料にしなければならない。
 
 こんな平易な問題で出来ない子をふるい落とす、あるいは、出来ない子が多い学校・地域が「評判が落ち、生徒が減る」ようなことになるなどというのは、かえって国家の基盤を危うくするように思う。

 親が「この学校で大丈夫かしら?この地域で大丈夫かしら?」などとあたふたするようなことになれば、たちまち子にその雰囲気は伝染し、勉強がおぼつかなくなることは容易に想像される。

 私は、勉強やテストでも、たとえば、かなり高度な内容で、しかも他人と競争することも望むところであるという子が集まって競い合うのならば、それが一概にいけないとは思わない。
 だが、現代の日本に住む人々が最低限自分の幸せに必要な学力を身につけるという場面で、どの子も「競争」に参加させられるのならば、それはとても良いことと思わない。

4 まとめ

 他にも個人情報保護の観点からの疑問も指摘されている。
 
 繰り返しになるが、私は、今回のテスト問題のような内容をみんなが正答できる程度の教育が全国一律に保障されることは、最低限の要請として、実現しなければならないと考える。
 それは、私が望む、子どもたちの最低限の学力だと思う。子らの学習権に答えるものだと思う。 

 だが、全国一律のやり方と、その利用のされ方についての不安が消えない。
 上2や3で述べた心配は多分秋には現実になるのだろうと思う。
 その結果、逆に、教育現場や親の混乱を招いて、結局、全ての子の学習権(大人一般に対して学習要求を満たすよう要求する権利)が上手く満たされないような事態が起きる可能性が高いと思う。

 これらの懸念を考慮してなお(一部抽出の学力調査でなく)全国一律テストがいいということについて、説得的な理由が見出せないと思う。


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mai

hmさん、こんにちは。今日、本田由紀さんの「多元化する「能力」と日本社会」の最後のところを読んでいました(最近、いろいろな本を少しずつ読んでいる状態なので、遅くなりました^^;)。で、「家庭の教育力」(近代型、ポスト近代型ともに)に社会全体の注目が集まっている(集まりすぎている?)、女性はその「呪縛」のためにライフスタイルさえも規定されている可能性がある・・・というあたりを読んで、今回の学力テストの質問票はそういう使われ方をするのではないかとふと思いました。つまり、「朝食を食べる子ほど成績がいい」とか「家庭に本が○冊以上ある子が点数が高かった」とか、新聞の1面にそういう「分析」が大々的に載る場面を想像しました。そして、新教育基本法の家庭教育の条文を思い出しました。いまでさえ、日経やプレジデントから「こうすれば子どもの成績が伸びる」というノリの雑誌が出ています。「家庭環境はこうあるべき」などという政府のお墨付きが出るのではないでしょうか?そんな心配をしています。
by mai (2007-04-26 17:29) 

hm

maiさん

 国語算数の問題はざっと見た感じはそれなりに丁寧に作ってあると評価しますが,しかし,プライバシー調査みたいな部分は,確かに気持ち悪いですね。いやーな感じです。

>つまり、「朝食を食べる子ほど成績がいい」とか「家庭に本が○冊以上あ>る子が点数が高かった」とか、新聞の1面にそういう「分析」が大々的に>載る場面を想像しました。

 これも,つまり,こういう風な報道のされ方をすると,よく分析せずに「(文字通り)真に受けて突っ走ってしまう」傾向がうわっと出てくるとおかしくなっちゃうんですよね。納豆騒動みたいに…
 栄養が必要,読書が重要ということそのものは間違ってないんですが…

 今回全国学力テストの調査結果が,(本田先生言われるような)「人を呪縛する」方向で使われぬように,その使われ方にもモノ申していきたいものですね。
by hm (2007-04-26 18:37) 

mai

早速お返事ありがとうございます。今日一日、本田さんの本の内容のことを考えていたので、ついその方向のことばかり書いてしまいました。記事とズレズレでした〜(汗)。
抽出調査で十分であること、競争や不安を煽りかねないこと、歴史に学んでいないこと。すべてhmさんに同感です。問題についてはネットでサラッと見た程度なのですが、確かに悪くはないという印象です(また、もっとちゃんと見てみます)。
秋以降、hmさんが指摘されるような問題が出てきたとき、軌道修正されるかどうかが注目されますね。
by mai (2007-04-26 19:35) 

 鋭い分析ですね。特に統計に関する指摘は、私はまったくノーマークでした。
 maiさんのコメントも大いにうなずけます。国もメディアも、いい加減に真面目な保護者を追いつめるのはやめて欲しいと思います。プレジデントだか何だか知りませんが、黙って聞いてりゃあ、要するに都市部の専業主婦でなきゃできないような「家庭教育」ばっか要求してるじゃありませんか。
 ただ、こんなデータもあるんですよ。お茶の水女子大の耳塚教授によると、塾通いと成績ってのは、都市部でははっきり相関関係がある(塾に通っている生徒は成績がいい)のに、イナカだとあまりない(塾通いと成績に関係が薄い)というんです。どうも学習環境と成績の相関関係っていうのは、意外と意外なもののようで、「○○する子は伸びる」なんて単純なものじゃないようです。
by (2007-04-26 19:57) 

あゆ

うちはあまり知識なくよくわからなかったんですが、よませていただき少しわかりました。
 あらゆる政策のほとんどはメリット・デメリットがあり、誰にでもいい事ではないという風に感じています。
 当然問題点はでますね。この件の問題点がうまく整理されていてすごいなと思いました。
 
 メリットのほうが重要
 問題点を緩和する方法もある
 それによって大きな問題が起きる人を必要な救済がある。
などを思っていました。

 大臣はそれには答えがないんですね。

 以前あったのが廃止になってたんですね。その原因充分に分析・検討して二の舞にならない方法ちゃんと考えてなさそうなんですね。
by あゆ (2007-05-11 12:23) 

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