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NHK「学校ってなんですか」~伊吹文相について [だから,今日より明日(教育)]

 21日NHKスペシャル「学校ってなんですか」を見ました。2部構成の大型スペシャル番組でかなり気合いの入ったつくりでした。

 私の感想としてはかなり良質の番組だったように思います。これをきっかけに,子どもたちの現実をよく見た冷静な論議が深まれば,と思いました。

 特に後半の討論は内容に深いものがありました。

 私の考えとしては,藤田英典(国際基督教大学教授)さんのいう「学校におおらかさを取り戻すことが必要である。管理強化の教育改革は間違いである。」との考え,そう考える理由がとても説得的に丁寧に説明されており,幾つも頷ける点があると感じました。

 ですが,藤田教授と反対の考え方かと思いきや,伊吹文明文部科学大臣が,かなり冷静で良い意見を述べていたと感じることがあったのが,嬉しい誤算でした。私が良いと思った,伊吹文相の発言は,

マスコミが盛んに言う『教師悪者論』に私は反対。」

義務教育における学校間競争の全国への拡大には慎重。」(実は昨秋国会答弁でも,これは述べられていました。)

「『競争原理の導入』といわれるなかで,頑張っている教師を評価することは必要だと思うが,何をもって『頑張っている』と評価するかは難しい問題。」

などです。

 その他の論者(IBM会長さんなど)の指摘される点も,それぞれの立場から,それぞれに一理ある内容があったと思います。

 学校長であるとか,地域であるとか,もっと現場の力を信じ,現場の力を引き出すということが教育をよくする鍵である,というあたりについては論者たちの認識にそう大きな溝もなかったように思えました。

 あさのあつこさん(作家)の方が強調される「もっともっと,子どもの視点で」という点は,確かに,情緒的な発言のような印象を受ける人もいたかと思いますが,やっぱり学習の主体である「子ども」を中心に据えることは基本のキだと思い,私は大切な意見だと思いました。

 さても,伊吹大臣。教基法「改正」の中心の役回りをすることになったこの人ですが,実は,教育問題を考える要人たちのなかにあっては,なかなか慎重かつ冷静で,思慮深い方なのではないか,と思います。(但し,伊吹大臣ら政府がやろうとする「文科省の権限拡大」「国の統制強化」の方向性については,私は強く反対!ですが。)

 ということで,伊吹さんの文相就任時の発言から,順に見ていきますと…

1 就任時 平成18年9月 

 「(改正前)教育基本法は,世界のどこへもっていっても恥ずかしくない,良く書かれた法律である。ただ,「お天道様がみている」という日本独自の美徳などが書いていないので,それを書き加えたい。」

 前半部分について,つまり改正前教育基本法に書かれた理念は,近代以来の世界標準の通念として重要なものばかりであるという評価で,極めて常識的発言だと思いました。(但し,後半部分はハッキリ言って意味不明でした。「お天道様」を基本法に書くという発想は,道徳と法律の混同だと思いましたが…でも,「お天道様」でも持ち出さなければ改正理由を説明できない,というのはある意味,大臣の思考回路そのものがしっかりしていることを示しているのではないか,と思いました。)

2 就任当初

「小学校で英語教育は必要ない。」

 強く賛成!です。小学校以前の子どもを対象としたと見える,そして,親の英語コンプレックスに付け込んだと思われる,商業主義的ジャンクフード的英語教材が氾濫しています。そんなものに親子が惑わされている現状が私は大嫌いです。

 母国語がしっかりする前に躍起になって外国語を教える「異常な国」にはしたくない,と私も思います。

 英語に興味のある子どもがおれば,その子は,自主的に6時に起きてNHKラジオ「基礎英語」を聞くだけで十分です。費用は電気代+書店で買うテキスト代月数百円のみです。それに「基礎英語」は良くできた番組です。

3 国会答弁の中で

「旭川学テ判決によれば,行政権,すなわち文部省らが行う教育行政も間違いを起こす場合があり,その場合は司法判断によって『不当な支配』とされる。これは改正後も変わらない。」

 この伊吹発言は極めて重要です。改正法の条文だけでは十分に判らなかった解釈問題ですが,改正後の教育基本法の下でも,国は好き勝手現場に介入できるというわけではなく,最高裁旭川学テ判決が出した「線引き」は生きているということです。

 つまり,国家が現場に介入し過ぎちゃダメよ! というルールは生きている

ということを確認した発言です。

4 教育基本法「改正」反対派と言葉のやりとり

 「あなたがたが多数派にならなければだめなのだよ

 この発言は伝聞ですので,本当にあったのかどうかは客観的な資料としては残っていません。

 しかし,京都の伊吹氏の事務所で,教基法「改正」阻止のため陳情に訪れた方がばったり伊吹氏とであったときに,「改正」強行をやめよ,と訴えたとき,伊吹氏はこう答えたと聞きました。

 この伊吹氏の発言,表面的には「間接民主制だから多数与党の言うとおりになるのは仕方がない」という意味かと思いますが,チョー深読みすれば,「教育基本法『改正』反対運動をする人くらいに鋭く関心を持ち,自由と創意工夫の豊かな教育を創り育てようとする人たちが多数になれば,こんな『改正』バナシなどなくて良い世の中だろうのに…」という氏の本当の願いが込められているのかも…とも。

 

 一方伊吹さんには「迷言」もあり,「人権はバター。日本は人権メタボリックになっている」発言は「迷言」です。

 まず,私も同じなので気をつけるべきところですが,「メタボリック」をネタや例えにするのは,伊吹さんや私のようなメタボリック症候群には無縁そうなスリム体型の人間は極力控えるべき事です。それをやると不必要に敵を作ります

 「人権メタボ」ですが,これは,伊吹さん自身が,ずっと国民の立場ではなくて統治する者の立場にいて,「今の日本では人権保障が十分ゆきとどいている」と思いこんでしまっているから出た発言だと思います。昔よりは人権が大切にされるようにはなっていますが,残念ながら,十分でなくて,苦しんでいる人はまだたくさんいます。(※この点も私自身,伊吹さんと同じような間違いをこの間しました。ある講演で「現在は日本国憲法のもとで,人権と自由が極力尊重され,個人の尊厳が守られている」旨発言したところ,「理念はそうかもしれないが,現実は違う。」というご批判を頂きました。そのとおりです。この点は,伊吹さんには,もっと庶民の声を聞いて「想像力」をしっかり働かせて欲しい,と思うところです。

 ということで,伊吹文明文部科学大臣には,上記のように随所の良質な発言に見られるご自身の卓見,常識をしっかり維持されて,そして,これからはさらに,弱者も含めた国民ひとりひとり,特に教育問題については子どもたちや現場の先生たちの目線に立って,「教育改革」の方向性があらぬ方向に突っ走ってしまわないように,しっかりとモノ言って,職務を果たして頂きたいと思いました。


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mai

こんにちは。私も伊吹大臣の「小学校での英語不要論」には賛成です。母語をしっかり身につけ、読書量を増やし思考を深めてほしいこの時期に、中途半端な英語教育をするのは反対です(その点、藤原正彦さんにも共感します)。教基本法改正の議論の時にこの発言のことを知り、「意見の合うところもあるのだな」と思っていました。その他の発言でも、けっこう「まとも」なことも言っておられるのですね。勉強になりました。その部分をこれからの教育にぜひ活かしてほしいですね。
by mai (2007-03-22 19:46) 

hm

 伊吹さん,特別にイイ!というわけではないんですが,私にとっては,首相らの教育観が余りにも疑問を感じる点が多すぎるので,それとの比較の上で伊吹さん常識的やなあ,という印象になるんだと思います。

 それに,政府側の伊吹さんの立場からすれば,

「教師悪者論」に悪のりして,政府の方針(管理強化の方針)をどんどん通す

ことはやろうと思えば出来るしそれは有利なことですが,敢えて「それは違う。現場で頑張っておられる教師のかたが沢山いらっしゃる。」と言って「教師悪者論には私は反対です。」と言われるあたりは誠実さを感じました。
 
 但し,国家が今以上に教育へ統制を及ぼすことを強めることが本当に教育を良くするかどうか,その点において,私と伊吹さんは考えがだいぶ違うとは思いますが…
 でも,考え方が違っても,この人なら,膝をつき合わせればちゃんと議論をすることは出来そうだな,という感じがしました。
by hm (2007-03-26 13:05) 

あゆ

噂話・・アフリカのある国で、外国人は被害に会いました。
その国の文部大臣のような人が「申し訳ありません。私の不行き届きです」
と謝罪したとか?

 うちは国際化に英語教育は必要と思います。
でも芸術・思考には間接的に言語をつかってると思われます。(どなたか詳しい方おられます?)
 コミュニケーション環境・能力の悪化が人権や自由にも悪影響及ぼしているとかんがえられますけど?
 
英語以前に日本語を含めたコミュニケーション教育の方が先のほうがいいかもとそういう気がします。
 
でもこれは学校まかせでなく、市民一人一人が心がけていかないと機能しないように感じますがどうでしょうか?
by あゆ (2007-05-16 14:19) 

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