神戸学院大学の今年度最終講義を迎えました。
テーマはタイトル通り。
大きなテーマを掲げたものですが、今回の内容は、私のオリジナルではなくて、私の尊敬する先輩弁護士津久井進先生著の「大災害と法」(岩波新書)を題材に学ぶ内容です。
この本については以前別の記事で書きました。↓
http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2012-08-02
私の講義は「法と裁判」という科目で、憲法、民法などの科目を勉強している法学部の学生さんに、他の科目とは少し違った視点から「法を学ぶ意義」を、現実社会(や実務)との関わりを通して感じてもらう、という役割です。
最後に、これを持ってきたのは、「大災害と法」(岩波新書)の中で、著者の津久井先生が述べられている「法は人を救うためにあるはずだ」という前書きの言葉と、災害によって被害を被った人への具体的な手助けの方策を人への深い愛をもって力強く具体的に提言される内容に現れる精神こそを、何らかの形で、学生さんに伝えたいと思ったからです。
私自身はただ、津久井先生の熱き魂と学生さんを「つなぐ」だけです。
毎回学生さんから小レポートを書いて提出してもらっています。
「個人情報保護法の運用の仕方が災害救助の場面で壁になったことがある」という問題を、私は、津久井先生の本の記述を通じてお話ししました。
これに対して、例えば、
「個人情報保護法の趣旨を理解して、正しく運用できれば、問題は生じなかったはず。」
だが
「法をよく勉強した人でなければ、実際の現場で、『個人情報を出したら罰せられる』と思ってしまう気持ちも分かる」
だから
「『災害時に公開していいもの』の明確なルール付けが必要。それなら、安心して必要な情報を共有できるはず」
というような内容のしっかりしたレポートを提出してくれた学生さんも複数見られました。
そうです、個人情報保護法でも、民法でも、法の条文そのものだけでなく、条文にある「こころ」「ねらい」が大切なのです。
法律の基本書では「趣旨」と書かれているところです。
そこをしっかり押さえれば、法の解釈論というのは頭にスーッと入ってきます。
法律の体系を勉強する王道であり、また、早道でもあります。
司法試験に短期で合格するのに必要なことは小手先のテクニックや機械的暗記ではなく、これ(条文や制度の「趣旨」を押さえ、そこから体系的に知識をまとめておくこと、また、「趣旨」から法の解釈を頭を使って理解すること)です。
というわけで、大学最終講義を終えました。
特に一年目の去年は準備が大変でしたが、大変やりがいのある仕事でした。
以下にレジュメを載せておきます。興味のある方はどうぞ。
(レジュメ)
第13回 法で人を救えるか?~大災害と法
参考文献 岩波新書「大災害と法」(津久井進著)
Q1 法は大災害とどのようにかかわってきたのか?
第1 災害と法の歴史
1 江戸以前
奈良時代 悲田院 福祉施設だが、被災者の救護施設としても利用された
現代の避難所の原型
江戸時代 御救米 享保・天明・天保の三大飢饉のとき幕府が米の支給
七分金積立制度 災害対策の準備金
地主から拠出させる+幕府も補助
2 明治時代
災害に備えて、藩や府県毎の備蓄を行う仕組
↓
備蓄儲蓄法(1880) 政府が財源を拠出
災害時の食糧供与、小屋掛け料、農具や種もみ料などの救助を行う
→ 現代の災害救助法の原型に
三陸地震津波(1896)など
↓
罹災救助基金法(1899) 府県毎の基金
3 関東大震災(1923)
戒厳令 … 「戦時若しくは事変」の際に軍隊を円滑に動かすために「兵力を以って法律に依らず人民を統治」する法律
法の支配が失われた … 中国人、朝鮮人の虐殺
社会主義者殺害事件
帝都復興の議
区画整理について国でやるか地方自治体でやるか?
4 戦後の法制度
1946 日本国憲法
昭和南海地震
↓
1947 災害救助法 …災害救助の種類と内容(例えば、炊き出しなど)について、県間の格差を平準化
→ 被災者の救助に密接な法律
ⅰ 災害救助を誰がどのように行うか
ⅱ どのような救助を行うのか
ⅲ その費用を誰がどのように負担するのか
1949 水防法 ←枕崎台風、カスリーン台風による水害
1950 建築基準法 …建物の安全性
(← 1948福井地震では建物の全壊率が60パーセントを超えた)
1959 伊勢湾台風 死者行方不明者 5098人
負傷者 3万8921人
1961 災害対策基本法 戦後の防災対策の転換点
災害対策の一本化
(それまで災害毎の特例法で対処してきた)
→ これが現在でも国や自治体の災害対策の基本法
国と自治体の役割分担
緊急事態宣言(国会の事後の承認が必要)
ⅰ 生活必需物資の配給・譲渡などの制限
(物資価格の高騰避ける)
ⅱ 物価などの最高額の決定
ⅲ 金銭債務の支払延期(モラトリアム)
災害対策本部
1962 激甚災害に対処するための特別の財政援助に関する法律
災害復旧事業に対する国庫補助率を標準化、恒久化
1966 地震保険に関する法律
1964新潟地震がきっかけ
個人の住宅に対する手当が無く、火災保険でもカバーされなかったため、「地震保険」実現の必要があった。
1973 災害弔慰金の支給等に関する法律
1967羽越豪雨水害
被災者や遺族など個人に対する補償の必要性
1978 宮城県沖地震 多くの家屋が倒壊
民事訴訟など(震度5が不可抗力と言えるか?)
建物の耐震性を確保すべきとの意見高まり
1981 建築基準法改正 明確な耐震基準が盛り込まれる
5 阪神・淡路大震災(1995)後
死者6434人のうち8割が建物倒壊による圧死
直後の法律相談の6割超 借地借家問題
住まいについて3つの問題 ① 借地借家問題
② 住宅政策 仮設住宅、孤独死…
③ 住宅再建政策
↓
1998 被災者生活再建支援法(のち2007改正)
被災者個人に対する支援金
1999 JCO臨界事故(茨木東海村)
原子力災害対策特別措置法
6 東日本大震災 2011
死者行方不明者 1万8800人
既存の法制度だけでは対応できない事態
↓
1年間で45の立法がなされた。
1年間で約3万8000件の法律相談(弁護士会分) 資料「大災害と法」
第2 災害と個人情報保護の壁
★ 法に運用の仕方。
杓子定規に運用するか?
法の趣旨(精神)を踏まえて運用するか?
最後にこの違いをよく考えてみて欲しい。
資料 「大災害と法」
Q2 個人情報保護法の使われ方(運用)について、法の精神に合っているかどうかを考えてみよう。
個人情報保護法の趣旨(本当に守ろうとしているもの)は何か?
個人情報そのものの保護 と 個人の権利利益を守ること が一致しない場合はどのように考えたらよいか。
例 自宅で孤立している高齢者が置き去りにされる例
福知山脱線事故時の例
個人情報保護に関する法律
抜粋
(利用目的による制限)
第十六条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。
2 個人情報取扱事業者は、合併その他の事由により他の個人情報取扱事業者から事業を承継することに伴って個人情報を取得した場合は、あらかじめ本人の同意を得ないで、承継前における当該個人情報の利用目的の達成に必要な範囲を超えて、当該個人情報を取り扱ってはならない。
3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。
(以上 レジュメ終わり)
村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所)
テーマはタイトル通り。
大きなテーマを掲げたものですが、今回の内容は、私のオリジナルではなくて、私の尊敬する先輩弁護士津久井進先生著の「大災害と法」(岩波新書)を題材に学ぶ内容です。
この本については以前別の記事で書きました。↓
http://h-m-d.blog.so-net.ne.jp/2012-08-02
私の講義は「法と裁判」という科目で、憲法、民法などの科目を勉強している法学部の学生さんに、他の科目とは少し違った視点から「法を学ぶ意義」を、現実社会(や実務)との関わりを通して感じてもらう、という役割です。
最後に、これを持ってきたのは、「大災害と法」(岩波新書)の中で、著者の津久井先生が述べられている「法は人を救うためにあるはずだ」という前書きの言葉と、災害によって被害を被った人への具体的な手助けの方策を人への深い愛をもって力強く具体的に提言される内容に現れる精神こそを、何らかの形で、学生さんに伝えたいと思ったからです。
私自身はただ、津久井先生の熱き魂と学生さんを「つなぐ」だけです。
毎回学生さんから小レポートを書いて提出してもらっています。
「個人情報保護法の運用の仕方が災害救助の場面で壁になったことがある」という問題を、私は、津久井先生の本の記述を通じてお話ししました。
これに対して、例えば、
「個人情報保護法の趣旨を理解して、正しく運用できれば、問題は生じなかったはず。」
だが
「法をよく勉強した人でなければ、実際の現場で、『個人情報を出したら罰せられる』と思ってしまう気持ちも分かる」
だから
「『災害時に公開していいもの』の明確なルール付けが必要。それなら、安心して必要な情報を共有できるはず」
というような内容のしっかりしたレポートを提出してくれた学生さんも複数見られました。
そうです、個人情報保護法でも、民法でも、法の条文そのものだけでなく、条文にある「こころ」「ねらい」が大切なのです。
法律の基本書では「趣旨」と書かれているところです。
そこをしっかり押さえれば、法の解釈論というのは頭にスーッと入ってきます。
法律の体系を勉強する王道であり、また、早道でもあります。
司法試験に短期で合格するのに必要なことは小手先のテクニックや機械的暗記ではなく、これ(条文や制度の「趣旨」を押さえ、そこから体系的に知識をまとめておくこと、また、「趣旨」から法の解釈を頭を使って理解すること)です。
というわけで、大学最終講義を終えました。
特に一年目の去年は準備が大変でしたが、大変やりがいのある仕事でした。
以下にレジュメを載せておきます。興味のある方はどうぞ。
(レジュメ)
第13回 法で人を救えるか?~大災害と法
参考文献 岩波新書「大災害と法」(津久井進著)
Q1 法は大災害とどのようにかかわってきたのか?
第1 災害と法の歴史
1 江戸以前
奈良時代 悲田院 福祉施設だが、被災者の救護施設としても利用された
現代の避難所の原型
江戸時代 御救米 享保・天明・天保の三大飢饉のとき幕府が米の支給
七分金積立制度 災害対策の準備金
地主から拠出させる+幕府も補助
2 明治時代
災害に備えて、藩や府県毎の備蓄を行う仕組
↓
備蓄儲蓄法(1880) 政府が財源を拠出
災害時の食糧供与、小屋掛け料、農具や種もみ料などの救助を行う
→ 現代の災害救助法の原型に
三陸地震津波(1896)など
↓
罹災救助基金法(1899) 府県毎の基金
3 関東大震災(1923)
戒厳令 … 「戦時若しくは事変」の際に軍隊を円滑に動かすために「兵力を以って法律に依らず人民を統治」する法律
法の支配が失われた … 中国人、朝鮮人の虐殺
社会主義者殺害事件
帝都復興の議
区画整理について国でやるか地方自治体でやるか?
4 戦後の法制度
1946 日本国憲法
昭和南海地震
↓
1947 災害救助法 …災害救助の種類と内容(例えば、炊き出しなど)について、県間の格差を平準化
→ 被災者の救助に密接な法律
ⅰ 災害救助を誰がどのように行うか
ⅱ どのような救助を行うのか
ⅲ その費用を誰がどのように負担するのか
1949 水防法 ←枕崎台風、カスリーン台風による水害
1950 建築基準法 …建物の安全性
(← 1948福井地震では建物の全壊率が60パーセントを超えた)
1959 伊勢湾台風 死者行方不明者 5098人
負傷者 3万8921人
1961 災害対策基本法 戦後の防災対策の転換点
災害対策の一本化
(それまで災害毎の特例法で対処してきた)
→ これが現在でも国や自治体の災害対策の基本法
国と自治体の役割分担
緊急事態宣言(国会の事後の承認が必要)
ⅰ 生活必需物資の配給・譲渡などの制限
(物資価格の高騰避ける)
ⅱ 物価などの最高額の決定
ⅲ 金銭債務の支払延期(モラトリアム)
災害対策本部
1962 激甚災害に対処するための特別の財政援助に関する法律
災害復旧事業に対する国庫補助率を標準化、恒久化
1966 地震保険に関する法律
1964新潟地震がきっかけ
個人の住宅に対する手当が無く、火災保険でもカバーされなかったため、「地震保険」実現の必要があった。
1973 災害弔慰金の支給等に関する法律
1967羽越豪雨水害
被災者や遺族など個人に対する補償の必要性
1978 宮城県沖地震 多くの家屋が倒壊
民事訴訟など(震度5が不可抗力と言えるか?)
建物の耐震性を確保すべきとの意見高まり
1981 建築基準法改正 明確な耐震基準が盛り込まれる
5 阪神・淡路大震災(1995)後
死者6434人のうち8割が建物倒壊による圧死
直後の法律相談の6割超 借地借家問題
住まいについて3つの問題 ① 借地借家問題
② 住宅政策 仮設住宅、孤独死…
③ 住宅再建政策
↓
1998 被災者生活再建支援法(のち2007改正)
被災者個人に対する支援金
1999 JCO臨界事故(茨木東海村)
原子力災害対策特別措置法
6 東日本大震災 2011
死者行方不明者 1万8800人
既存の法制度だけでは対応できない事態
↓
1年間で45の立法がなされた。
1年間で約3万8000件の法律相談(弁護士会分) 資料「大災害と法」
第2 災害と個人情報保護の壁
★ 法に運用の仕方。
杓子定規に運用するか?
法の趣旨(精神)を踏まえて運用するか?
最後にこの違いをよく考えてみて欲しい。
資料 「大災害と法」
Q2 個人情報保護法の使われ方(運用)について、法の精神に合っているかどうかを考えてみよう。
個人情報保護法の趣旨(本当に守ろうとしているもの)は何か?
個人情報そのものの保護 と 個人の権利利益を守ること が一致しない場合はどのように考えたらよいか。
例 自宅で孤立している高齢者が置き去りにされる例
福知山脱線事故時の例
個人情報保護に関する法律
抜粋
(利用目的による制限)
第十六条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。
2 個人情報取扱事業者は、合併その他の事由により他の個人情報取扱事業者から事業を承継することに伴って個人情報を取得した場合は、あらかじめ本人の同意を得ないで、承継前における当該個人情報の利用目的の達成に必要な範囲を超えて、当該個人情報を取り扱ってはならない。
3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。
(以上 レジュメ終わり)
村上英樹(弁護士、神戸シーサイド法律事務所)