5月3日に、おそらく18年ぶりくらいに、灘校(灘中学校、灘高校)の文化祭に行ってきました。

 その内容のバラエティ豊かさに改めて感心するとともに、私の在学中と違って、小学生と親子連れの多いこと、人気のコーナー(「砂金掘り」「科学マジック」「占い」など)には行列が出来ていることに驚いたりしました。

 そして、そんなことより何より、やはり、自分が、高校生時代を過ごした場所に行ってみたことが、自分の忘れていた気持ちや感覚を呼び覚ましてくれた部分があります。

 端的に言うと、元気をもらった、と。

 先生があれやこれや余計なことを言わず、生徒個人個人の内なるエネルギーを大切にする校風が健在であることが、わかりました。

 文化祭の各コーナーで活発に活動していた灘校生の、活動性、創意工夫、それから、(世間から見ればやや意外かも知れないが)サービス精神に溢れる姿は、実に頼もしいと思いました。(それと忘れてはならないのが、文化祭で表に出てこない生徒にも、たまたまそのとき気乗りがしなかっただけで、実は、潜在的にはエネルギーを秘めている生徒がたくさんいる、ということ。)

 そして、例えば、図書部のコーナーには、震災に関する本の紹介や、部員が、大震災について考えることなどを書いた掲示などもありました。
 私も、なるほどと考えさせられるものがありました。

 大震災があって、原発事故は続いている。
 これからの社会は、直接的にはエネルギー問題をめぐって、もっと深くは、「人が何を追い求めて生きるか」そのものに近い問題について、根本的に考え直し、やっていかなければならないのは間違いありません。

 今ほど、知恵が求められている時代はないでしょう。

 時代は変わり、学歴競争がそのまま人生の勝ち負けとは限らない時代になり、そして、大震災・原発事故があり、このような時代の中で、(このような見事な文化祭をつくりあげられる力を持った)灘校生やOBが、自分たちの持っている活力と知性を、校是である「精力善用」「自他共栄」の精神で活かしていくことに物凄く意味があるはずだ、と思いました。

 たとえば、

原発のない社会で、人間らしく、健康で文化的な生活を送りたい

という多くの人々の希望を実現するのに、色んな知恵がいるのは間違いありません。

 が、知恵を尽くせばやがて出来ることも間違いないと思います。


 こういうことのために自分の知恵を使うことは、きっと、家族や先生方をはじめ周りの人々の協力の御陰で、

とても自由で居心地良く、自分の興味のあることに心のままに打ち込める、最高の環境で学ぶことが出来たことに対する恩返し

ということだと思います。

 もちろん、灘が特別というわけではなく、それぞれの学校(母校)に、それぞれの特徴があり、それぞれに最高の環境であるに違いありません。(上記の「灘」の特色は、大きな長所を生みますが、反面短所もある。)
 そしてそれぞれ違った特色のある知恵、特色のあるエネルギーを持ち寄り、補い合えば良いのです。

 私も、元気をもらいました。
 そして、最近はとにかく、日々否応なくやらねばならないことに追われる傾向が強かったですが、自分の願う社会に近づくために、できるだけ創造的に自分らしく力を発揮していきたい、という気持ちを呼び覚ましてもらった気がします。

 今ずっと考えているテーマは、要するに価値観の転換、であって、ちょっと簡単には書くことが難しいので、ブログ更新も滞っていたし、自分の日々の活動も自分の思いにぴったりすることが見つけづらく滞っていたのですが、「一歩一歩前に」「少しでも形に」という意を持って、これから、仕事そのものの中で、ブログで、発信していきたいと思います。

2012/10/19追記
 この記事は震災の被害が余りに大きく、また、その中でも、原発による被害の先が見えない状況の中書いたものです。
 なので、「脱原発」に引きつけた文章になっています。
 私の考えは、研究の意味で原発研究は継続すればいいが、実用レベルの大規模な原発に関しては一旦廃止方向で考えるしかないのではないか、というものです。
 ですが、灘校文化祭を取り上げたこの記事を、私の原発政策についての主義主張の助けにする、というのは本意ではありません。(そのように受け取られかねない表現なので、あえて、追記をしました。)

 原発をどうするか?という問題について、色んな考え方があり、もちろん、「脱原発」方向ではない考えの人も、それぞれに真剣に日本の将来や、国民の幸福、安全を考えておられるものと思います。
 例えば、灘校生や灘校OBの方が、「脱原発」方向でも、あるいは、原発を維持していく立場であっても、また、原発政策や原発の技術に関わる立場にあっても(あるいはそうでなくても)、それぞれに、灘校の校是である「精力善用」「自他共栄」の精神で、知恵を絞って、そして、人ひとりひとりへの愛情をもって、将来の在り方を創っていって欲しい、と願っています。